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日本銀行金融市場局の仕事 「金融市場調節」を実行する(2012年12月25日掲載)

「日本銀行が日本全体の金利に影響を与えている」――と知っている人は少なくないでしょう。でも、それがどのような仕組み・流れで行われているか、ご存じでしょうか。

日銀は、定期的に開催する金融政策決定会合で「金融市場調節方針」を決めています。現在の調節方針は、短期金融市場の金利について誘導目標水準を定める形式をとっています。そして、その目標水準に金利を誘導するために、日銀は日々、「オペレーション」などを用いて、金融市場に対して資金の供給や吸収を行います。このような金融政策の実行プロセスを「金融市場調節」と呼び、その影響はやがて金融機関の貸出金利など様々な金利に及んでいきます。

また、2010年10月には、金融緩和を一段と強力に推進する政策の一環として「資産買入等の基金」を創設しました。現在、その基金をつうじて、多様な資産の買入れ等を行っています。日銀が新しい金融政策を実行するなかで、金融市場調節の手法も多様化しているのです。

金融市場調節の実務は、日銀の金融市場局が担当しています。今回は同局の方々に取材して、さらに詳しく金融市場調節について話を聞きました。


「オペレーション」で短期金融市場の金利を誘導する

「日本銀行は、本日、政策委員会・金融政策決定会合において、次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針を、以下のとおりとすることを決定した(全員一致)。無担保コールレート(オーバーナイト物)を0~0.1%程度で推移するように促す」

金融政策決定会合が開催された10月5日、日銀ホームページなどでこのような決定事項が公表されると、その日のうちに数多くのメディアがニュースに取り上げました。日銀が決める「金融市場調節方針」には常に大きな注目が集まります。日銀は、金融政策を討議・決定する「金融政策決定会合」を定期的に開催し、金融市場調節方針などを決めています。わかりやすく言うと「短期金融市場の金利水準をどれくらいにするか」という方針です。短期金融市場の金利の動きは預金や住宅ローンの金利などに影響を及ぼし、人々の生活に密接にかかわってきます。それだけに、金融市場調節方針の公表には注目が集まるのです。

では、その金融市場調節方針を日銀はどのように実現しているのでしょう。10月5日の公表では「無担保コールレート(オーバーナイト物)を0~0.1%程度で推移するように促す」と具体的な金利誘導水準が示されました。ここで「誘導」とあるとおり、日銀が実際の金利水準を直接決められるわけではありません。金利は市場で決定されますから、日銀は、目標の金利水準に誘導するために「金融市場調節」を実行します。

その調節の仕組みについて、日銀金融市場局市場調節課企画役の足立祐一さん(調節業務グループ兼市場調節グループ)は「目標の金利水準に向けて、金融市場局が日々、オペレーション(オペ=公開市場操作)を行い、短期金融市場の資金量を調整しています」と説明します。

「お金の短期の貸し借りを行う無担保コール市場に参加する銀行や証券会社などの金融機関に対して、日銀がお金を供給したり、お金を吸収したりします。すなわち、市場における資金量の状況を見ながら、日銀は金融機関との間で、国債や手形を担保にお金を貸したり、手形などを売却してお金を吸収したりするオペを行います。多様なオペをつうじて、『無担保コールレート・オーバーナイト物』(金融機関どうしが担保なしで資金を借り入れ、翌日返済する取引のレート。メディアなどでは「政策金利」と呼ばれます)という金利を誘導するのです」

例えば、日銀がオペをつうじて無担保コール市場に参加する金融機関にお金を貸すと、金融機関は手元のお金の量が増え、「他の金融機関からお金を借りたい」というニーズが小さくなったり、お金が余ったりします。となれば、金融機関の間でお金を貸し借りする際の金利は下がりやすくなります。逆に、日銀がオペをつうじて金融機関からお金を吸収すると、金融機関は手元のお金の量が少なくなり、他の金融機関からお金を借りたいというニーズが強くなったり、余分なお金が少なくなったりするので、金利は上がりやすくなります。

金融市場局はこのような仕組みで金融市場調節を行い、目標の水準に無担保コール市場のオーバーナイト物金利を誘導するのです。金融機関はこの金利を重要な判断材料にして、他の短期金融市場での取引や資金調達の金利を決めるケースが多いので、金融市場局がこれを変化させれば、金融市場全般の金利にも影響が及んでいきます。ひいては、企業等の借入金利や個人の住宅ローン金利などをつうじて日本の経済活動全体の動きに影響を及ぼし、金融政策の目的である「物価の安定」を図ることが可能になるのです。

日銀の金融市場調節を最前線で担う責任感と緊張感

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刻々と変化する市場をモニタリングしながらオペを決定

金融市場局による金融市場調節の流れを詳しく見ていきましょう。

日銀が金利誘導の対象とする無担保コール市場には、日々、5兆円程度の取引残高があります。ただし、「市場」といっても証券取引所のような特別な建物があるわけではありません。各金融機関は日銀の当座預金口座に資金を預け、電話やコンピュータ端末で相互にやりとりを行い、最後は日銀当座預金の振替により各種の取引を決済します。ですから、短期金融市場の資金量というのは、金融機関の日銀当座預金残高の合計と考えることもできます。

「日々の金融市場調節を行うには、まず、金融市場の情勢を把握しなければなりません」と足立さん。

「毎日早朝から、担当者が銀行や証券会社などへのヒアリング等で情報を収集・分析するとともに、前日の金融市場の状況や日本時間の夜の間の海外市場の動向なども踏まえて、市場での資金需要がどれだけ強いかを予想します。また日銀当座預金残高は、各金融機関と政府との間の財政資金などの受け払い(年金の支払いや税・保険料の納付など)や、日銀との間での銀行券の預け入れ・引き出しが行われると増減します。そうした動きも勘案して金融市場の情勢を見きわめ、その日のオペの計画を固めます」

「市場の状況は時々刻々と変化し、『生き物』のようです。その現状を正確に見極め、先行きを的確に予想し、オペを決定・実行するのは簡単な作業ではありません。しかし判断を誤れば金融市場調節方針は実現できませんし、金融市場をかえって不安定にするおそれもあります。金融市場調節の現場に過去から蓄積されてきた知見やノウハウなども生かして、職員は業務に当たっています。『日銀の金融政策を最前線で担っている』という責任感と緊張感を、全員が持っています」(足立さん)

オペの適切・円滑な遂行を支える「縁の下の力持ち」

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複数名による確認を経てオペを実行

決定された計画に基づいてオペの実行に当たるのは、金融市場局市場調節課調節業務グループです。そのうちの一人、高野淳也さんがこう説明します。

「オペは入札で行われます。オペ内容に沿って入札要項を作成し、一定の基準で予め選定したオペ先(オペの対象となる銀行や証券会社などの金融機関)に日銀ネットをつうじて一斉通知(オファー)します。例えば資金供給オペでお金を貸し出す場合、オペ先に対して貸付期間や貸付総額などの条件をオファーするのです。そしてオペ先から借入希望の金利や金額などが応募されてくると、そのなかで金利の高いものから順番に選び、どの相手先がいくら落札するかを決定します。また、オペの内容・結果は、日銀ホームページに加え、通信社の情報ベンダーにも配信して、公表します」

オペは、その目的や、担保ないし売買の対象となる金融資産別に複数の種類があります。オファー時刻はその種類・計画等により基本的には決まっており、オペを実行する際には、時報に合わせて通知します。

「複数のオペを並行して行うこともあり、時報を聞きながらオファーする瞬間は緊張しますね。迅速な処理が求められるとともに、通知する金額などを絶対に間違ってはいけない。ミスをすると金融市場に大きな影響を及ぼすからです。このため、グループ内で複数回の確認を繰り返し、実務に当たります」(高野さん)

金融市場調節の1日の流れ(2012年10月9日の例)
8時00分以降 ・当日および翌営業日以降のオペ実行案を策定
10時10分 ・国債買入オペ(資産買入等の基金)を8,000億円、オペ対象先に対してオファー。
また、日本銀行ホームページ、通信社の情報ベンダーを通じて、オファー額・スタート日を公表。
11時40分 ・国債買入オペ(資産買入等の基金)の応札締め切り。
11時50分頃 ・国債買入オペ(資産買入等の基金)の落札決定を行い、その結果を応募先に通知。
また、日本銀行ホームページ、通信社の情報ベンダーを通じて、応札総額・落札総額・落札レートなどを公表。
13時00分 ・共通担保資金供給オペ(資産買入等の基金)を8,000 億円、オペ対象先に対してオファー。
また、日本銀行ホームページ、通信社の情報ベンダーを通じて、オファー額・スタート日・エンド日を公表。
14時00分 ・共通担保資金供給オペ(資産買入等の基金)の応札締め切り。
14時10分頃 ・共通担保資金供給オペ(資産買入等の基金)の落札決定を行い、その結果を応募先に通知。
また、日本銀行ホームページ、通信社の情報ベンダーを通じて、応札総額・落札総額などを公表。
18時00分以降 ・翌営業日およびそれ以降の金融調節案の策定の準備

オペは、適切かつ円滑に遂行されることが必須なのです。そのためにはオペを行うための基盤整備もしなければいけません。担当部署の金融市場局市場調節課オペレーション企画グループの企画役補佐(副長)の柳井聡史さんはこう話します。

「私のグループでは、オペの手段やオペ先の選定方法、日銀による受け入れが可能な担保(適格担保)の種類や取扱い等に関して企画立案したり、関係する諸規程を定めたりするなど、オペの適切な遂行を基盤整備という面から支えています。またオペ先となる金融機関の公募・選定も行います。例えば『共通担保資金供給オペ(全店)』のオペ先は現在、200先程度あります。」

金融政策決定会合で政策変更があった場合も、同グループは即座に対応します。オペ先との約定や具体的な事務取扱を定める細則の見直しなど、「次回のオペ実行までに完了させなければならないので、時間との戦いです」と柳井さん。

「政策変更があった当日のうちに銀行内の関係部署と連携して約定・細則等を改正し、翌朝一番でオペ先に通知するケースもあります。その後、改正した手続きに基づいてオペが滞りなく遂行されると、縁の下の力持ちとして役割を果たせたことにほっとすると同時に、この仕事のやりがいも感じます」

オペは適切な遂行が求められるとともに、日銀がオペ先から受け入れることになる担保等も適切に評価することが求められます。担保として不適格なものを受け入れてしまった場合、日銀の財務の健全性が損なわれるリスクがあるほか、担保価値の算出を誤ったために担保不足が生じると、オペ先の資金繰りに支障をきたすリスクがあるからです。そのため、金融市場局市場企画課信用リスク管理グループでは、担保の適格性判断や担保受入資産の時価評価など担保の価値を見きわめる業務を担当しています。同グループ長・企画役の宮明靖夫さんはこう言います。

「担保には、国債のように信用力を問わずに選定できるものもある一方で、民間企業や不動産投資法人の債務のように信用力を評価したうえで受け入れの適否を決めるものもあります。この信用力の評価は高いスキルに基づき慎重かつ正確な判断が求められます。また、私のグループでは国債等について銘柄の選定や担保時価の算出を行っています。こうした銘柄選定や時価評価といった作業も堅確性が求められる重要な事務であり、オペを安定的に運営するうえで、大きな役割を担っているのです」

オペレーション等の対象先数(2012年11月現在)
オペ等の種類 対象先数
共通担保オペ 257
共通担保オペ 本店貸付 49
全店貸付 208
CP等買現先オペ 27
手形売出オペ 40
国庫短期証券売買オペ・国債現先オペ 48
国債売買オペ 43
国債補完供給 40
米ドル資金供給オペ 65
資産買入等の基金 287
資産買入等の基金 国債等買入 41
CP・社債等買入 38
共通担保オペ 208
被災地金融機関支援オペ 37
成長基盤強化を支援するための資金供給 151

「基金」創設で多様化したオペ 金融市場局にとって新しい挑戦

日銀は、2010年10月の金融政策決定会合で、金融緩和を一段と強力に推進する観点から「包括的な金融緩和政策」を導入することを決め、その一環として「資産買入等の基金」を創設しました。現在、その基金をつうじて、多様な資産(国債、国庫短期証券、CP、社債、ETF、J-REIT等)の買入れを行っているほか、金利を入札条件としない固定金利方式の共通担保資金供給オペも実施されています。日銀が新しい金融政策を実行するなかで、当然ながら金融市場調節の手法は多様化し、新たなオペも誕生しているのです。

足立さんは「オペが多様化・複雑化しても、それを常に適切かつ円滑に実施することが金融市場局の使命」と強調します。

「基金を使って新しいオペを実施するには、オペ先との約定等を新しく制定したり、それに応じた事務手順の見直しを行ったりしなければなりません。そうして新たなオペを実行する際も、金融市場で不測の事態が発生しないように常に細心の注意を払うことが必要です。基金等をつうじて潤沢な資金を市場に供給し、経済の活性化に貢献しつつ物価の安定を図る。これは、金融市場調節を担当する金融市場局にとっても新しい挑戦だと思っています」