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特別編 リクスバンク創立350周年と中央銀行の歴史 中央銀行の起源(2018年12月25日掲載)

現存する最古の中央銀行であるスウェーデンのリクスバンクは、2018年、創立350年を迎えました。そこで、今回は特別編として、日本経済史をご専門とされている早稲田大学鎮目教授に「中央銀行の起源」と題してご執筆いただきました。


早稲田大学 政治経済学術院教授
鎮目雅人

現存する最古の中央銀行であるスウェーデンのリクスバンクは、2018年、創立350年を記念して『リクスバンクと中央銀行の歴史』(注1)を発刊した。しかし、これは必ずしも世界の中央銀行が350年の歴史を持つことを意味しない。リクスバンク創設以前にも、現代の中央銀行が果たしている機能の一部を備えた「中央銀行の原型」ともいえる組織が存在していた。創設当初のリクスバンクも、現代の中央銀行が果たしている機能の一部を備えていたに過ぎなかった。以下では、主として『リクスバンクと中央銀行の歴史』を参照しながら、中央銀行の起源について考えてみたい。

『リクスバンクと中央銀行の歴史』の編者は、「中央銀行の活動は多面的なものであり、すべての人が受け入れる唯一の中央銀行の定義は存在しない」と述べている(注2)。実際に、現代の中央銀行は、さまざまな機能を果たしている。例えば、多くの人が日常の取引に使用することができる銀行券を独占的に発行し、あるいは(中央銀行にとっての)顧客である銀行から預金を預かり口座間の振替により取引の決済(注3)を行うこと(決済サービスの提供)、自らが発行する銀行券の額面や預かっている預金口座の表示に使われる通貨単位の価値を維持するために、通貨供給や信用の調節を行うこと(金融政策)、他の金融機関が提供している預金の価値が失われないよう、通常時において他の金融機関の経営をモニタリングし、万一金融危機が発生した場合には必要に応じて最後の貸し手(注4)として他の金融機関に対する貸出を行うこと(金融システムの安定性維持)、などである(注5)。現代の中央銀行は、長い年月をかけ、歴史的な変遷を経てこうした機能を果たすようになったのである。


  1. (注1)Rodney Edvinsson, Tor Jacobson and Daniel Waldenstrom eds. (2018), Sveriges Riksbank and the History of Central Banking, Cambridge University Press. 以下、注に記載する文献は、他にとくに記載のない限り、同書に収録された論文である。なお、2016年にはノルウェーの中央銀行であるノルウェー銀行が創立200周年を記念して『岐路に立つ中央銀行』(Michael D. Bordo, Oyvind Eitrheim, Marc Flandreau and Jan F. Qystad eds., Central Banks at a Crossroads: What Can We Learn from History? Cambridge University Press)を発刊している。
  2. (注2)Rodney Edvinsson, Tor Jacobson and Daniel Waldenstrom , "Introduction."
  3. (注3)「決済」とは、資金の受払により、債権・債務関係を消滅させること。
  4. (注4)「最後の貸し手」とは、金融危機等において、資金不足に陥った金融機関に対し、他に貸し手がいない場合に資金を貸す貸し手のこと。
  5. (注5)このほかの中央銀行の機能として、対外準備の管理、政府からの預金の受け入れや政府への貸出等を通じた政府の銀行としての機能などが挙げられる。International Monetary Fund (2016), Monetary and Financial Statistics Manual and Compilation Guide:Prepublication Draft を参照。

アムステルダム銀行(注6)

アムステルダム銀行(出典:www.exchangehistory.nl)

中央銀行の起源としてしばしば引き合いに出されるのが、1609年に設立されたアムステルダム銀行である。当時のオランダは、北海やバルト海と地中海を結ぶ南北ヨーロッパの交易の中継地であり、1602年にオランダ東インド会社が設立されると、アジアとの交易の拠点としても栄えた。アムステルダムには国内外からさまざまな種類の貨幣が流入していた。こうした下で取引の決済が複雑なものとなっていたことから、商人が市政府に決済システムの整備、改善を求める要請を行い、これを受けて市当局が設立したのがアムステルダム銀行であった。

同行は市内外の商人などに「グルデン・バンコ」という通貨単位で表示される預金口座の開設を認め、口座保有者が持ち込む貨幣の種類に応じた換算レートを用いて入金額を記帳し、いつでも預金者からの引き出し要求に応じるとともに、市当局やオランダ東インド会社を含めた顧客同士が同行の口座間で決済を行うことができるようにするなど、統一的な計算単位と預金という決済手段を提供したのであった。

同行は、銀行券の発行および貸出を行うことが禁じられていた。しかしながら同行は、市当局やオランダ東インド会社に対し、内密に貸出を行っていた。後にその事実が公となったため、預金者が預金の引き出しに殺到する事態となり、1820年に清算された。同行の運営にあたり金融政策や金融システムの安定性維持といった現代の中央銀行が果たしている機能が意識されていたわけではないが、公的な目的をもって設立された銀行が決済システムの運営にあたったという点において、同行は中央銀行の機能の一部を果たしていたと考えられる。

実は、アムステルダム銀行以外にも、同様の決済機能を有する銀行がヨーロッパの各地に設立された。15世紀以降、地中海沿岸やドイツなどで公的な目的をもって決済サービスを提供していた銀行が数多く存在しており、次に出てくるリクスバンクやイングランド銀行もその一つに位置付けられる(表を参照)(注7)

主な「中央銀行の原型」と中央銀行
名称(国) 設立年 廃止年
バルセロナ銀行 1401 1853
サン・ジョルジョ銀行
(ジェノヴァ・現イタリア)
1404 1444
ヴェネツィア銀行 1587 1638
アムステルダム銀行 1609 1820
ハンブルク銀行 1619 1875
ニュルンベルク銀行 1621 1836
ストックホルム銀行 1656 1666
リクスバンク(スウェーデン) 1668 現存
イングランド銀行 1694 現存
ウィーン為替銀行 1703 1705
ウィーン市立銀行 1705 1816
フランス王立銀行 1716 1720
プロシア王立中央銀行 1765 1847
スペイン銀行 1782 現存
第一合衆国銀行(米国) 1791 1811
フランス銀行 1800 現存
オランダ銀行 1814 現存
ノルウェー銀行 1816 現存
第二合衆国銀行(米国) 1816 1836
ベルギー国立銀行 1850 現存
ライヒスバンク(ドイツ) 1875 1948
日本銀行 1882 現存
イタリア銀行 1893 現存
連邦準備制度(米国) 1913 現存
ドイツ連邦銀行 1948 現存
中国人民銀行 1948 現存
欧州中央銀行 1998 現存
  • Roberds and Velde (2016), Edvinsson 他編(2018) をもとに作成。なお、設立年は当該銀行の前身の設立年を含む。

  1. (注6)Gerarda Westerhuis and Jan Luiten van Zanden, "Four Hundred Years of Central Banking in the Netherlands, 1609-2016."
  2. (注7)William Roberds and Francois R. Velde (2016),"The Descent of Central Banks (1400-1815)," Michael D. Bordo 他編(2016)。

リクスバンクとイングランド銀行(注8)

リクスバンク(リクスバンク・アーカイブ所蔵)

リクスバンクは、1656年に設立され1666年に閉鎖されたストックホルム銀行の後を受けて、1668年に設立された。当時のスウェーデンでは、銀貨と銅貨、銅板が貨幣として並行的に通用しており、オランダと同様、多種の貨幣が流通する下で取引の決済は複雑なものとなっていた。ストックホルム銀行は、アムステルダム銀行と同様に預金者相互間の決済サービスを行う為替部門に加え、自らが発行する銀行券を利用して貸出を行う貸出部門を有していた。ストックホルム銀行が不良貸出の増加とこれに関連する銀行券の過剰発行により破たんした後、リクスバンクが設立された。設立当初のリクスバンクは、ストックホルム銀行と同様、為替部門と貸出部門とに分かれていたが、ストックホルム銀行破たんの経験から、経営の健全性を重視し、銀行券の発行権限が与えられず、貸出の担保は短期の商業債権に限定されていた。
しかしながら、後には、銀行券の発行のほか、ロシアとの戦争などのため政府への信用供与が認められた。

イングランド銀行は、1694年、主に対仏戦争のために発行された多額の国債の管理を行う商業銀行として、ロンドンに設立された。当時の英国は、オランダとの通商戦争において優位を確立する一方、フランスとの間で経済、軍事面での競争が激化しており、こうした国内外の情勢下で、ロンドンは英国内の物流、金融の中心地として発展しつつあった。イングランド銀行はその取扱資金量が巨額であったことから、18世紀に入るとロンドン所在銀行間の取引の中核としての地位を占めるようになり、英国内における取引の決済の多くがイングランド銀行ならびに同行に口座を持つ有力銀行の預金口座を通じて行われるようになっていった。また、イングランド銀行には設立当初から銀行券の発行権限が与えられていた。当時、英国内で銀行券の発行権限を有する銀行は他にも存在していたが、イングランド銀行が銀行間決済の中核としての地位を確立すると、銀行券を発行する他の銀行は、イングランド銀行の銀行券を金貨や銀貨に代わる支払準備として保有するようになっていった。

イングランド銀行券(日本銀行金融研究所貨幣博物館所蔵)

リクスバンクやイングランド銀行など、この時期に「中央銀行の原型」として活動した銀行の設立目的はさまざまであったが、共通する制度上の革新は、銀行券という新たな決済手段を提供するようになったことである。もっとも両行は、現代の中央銀行のように、銀行券の発行を独占していたわけではなく、全国的な通貨供給や信用の調節という意味での金融政策を行っていたわけでもなかった。また、金融システムの安定が自らの責務であるとの認識を持っていたわけでもなかった(注9)


  1. (注8)他に断りのない限り、ここでの記述は、リクスバンクについてはKlas Fregert, "Sveriges Riksbank: 350 Years in Making"、イングランド銀行についてはC.A.E.Goodhart, "The Bank of England, 1694-2017"による。
  2. (注9)同様の「中央銀行の原型」は、18~19世紀の米国にも存在した。第一合衆国銀行(First Bank of the United States)と第二合衆国銀行(Second Bank of the United States)がそれである。Barry Eichengreen,"The Two Eras of Central Banking in the United States."

現代的な「中央銀行」の成立(注10)

『リクスバンクと中央銀行の歴史』によれば、19世紀を通じて、すでにあった「中央銀行の原型」に銀行券発行の独占と最後の貸し手という機能が付加され、厳密な意味における中央銀行という存在がこの世に初めて現れたという。また、「中央銀行」という言葉自体が最初に用いられたのも19世紀のことであった(注11)

英国では、1844年のピール銀行条例により、イングランドとウェールズにおいて、イングランド銀行による銀行券発行の独占が事実上確立する。同時に、同行は全国の通貨供給や信用の管理を行う能力と責任を有する立場に置かれることとなった。銀行券の兌換(注12)維持のために同行が銀行券の発行量や貸出量を調節したり、兌換を停止したりすると、それは個別銀行の問題にとどまらず全国の通貨供給や信用に影響を与えるので、金融政策としての意味を持つこととなる。また、産業革命が進行し、企業活動と金融機関の貸出規模が拡大する中で、19世紀半ばに周期的に金融恐慌が発生し、金融危機時に最後の貸し手として行動することが中央銀行の機能として位置付けられた(注13)。イングランド銀行は、さまざまな経緯を経ながら、決済サービスの提供、金融政策、金融システムの安定性維持といった機能を備えた中央銀行へと変貌を遂げていった。

19世紀後半以降に設立された中央銀行の多くは、すでにその設立前後において、決済サービスの提供、金融政策、金融システムの安定性維持といった現代の中央銀行が果たしている機能が意識されていた。ベルギー国立銀行(1850年設立)(注14)、ドイツ・ライヒスバンク(1875年設立)(注15)、日本銀行(1882年設立)(注16)、米国・連邦準備制度(1913年設立)(注17)などは、設立当初あるいは設立後間もない時期から、現代の中央銀行により近い機能を有する組織として活動することが求められた(主な「中央銀行の原型」と中央銀行を参照)。ただし、その後の道のりは平坦なものではなかった。『リクスバンクと中央銀行の歴史』では、多くの国で、戦争などを契機とするインフレ圧力、金融危機、技術革新への対応など、紆余曲折を経て中央銀行の活動が進化を続けてきたことが語られている。


  1. (注10)他に断りのない限り、ここでの記述は、Rodney Edvinsson, Tor Jacobson and Daniel Waldenstrom,"Introduction" による。
  2. (注11)ロバーズとヴェルデ(Roberds and Velde)も、19世紀が中央銀行の成立にとって画期をなした時期としている。
  3. (注12)銀行券をあらかじめ定められた量の正貨(金貨、銀貨等)と引き換えること。
  4. (注13)ウォルター・バジョットは1866年の恐慌時のイングランド銀行の対応を題材に『ロンバード街』(1873年)を著した。
  5. (注14)Erik Buyst and Ivo Maes (2008), "Central Banking in Nineteenth-Century Belgium: Was the NBB a Lender of Last Resort?" Financial History Review 15(2), pp.153-173.
  6. (注15)Jakob de Haan, "The Struggle of German Central Banks to maintain Price."
  7. (注16)Masato Shizume, "A History of the Bank of Japan, 1882-2016."
  8. (注17)Barry Eichengreen, "The Two Eras of Central Banking in the United States."