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「日銀探訪」第1回:発券局総務課長 松野知之

日銀各課の素顔を描写、〔日銀探訪〕として配信=初回は発券局総務課(2012年7月30日掲載)

まず発券局を取り上げる。同局は、総務課、日本橋発券課、戸田発券課の3課で構成され、7月18日現在、職員は221人。銀行券(紙幣)について、発注、発行、流通、鑑査、最終処分(消却)などを全般的に担当するほか、貨幣(コイン)の受け払い、鑑査、保管なども行う。インタビューの初回は総務課で、7月18日現在の人員数は68人。総務企画、法務、規程、需給管理、銀行券テクノロジー、国際関係、事務管理、機械計画、予算契約、庶務の10グループで構成される。

松野知之総務課長は、「日銀券ルール」で注目される日銀券発行残高の傾向や、日銀券の需要予測の考え方、流通の実態などを解説。2千円札の普及が進んでいない理由や、日本できれいなお札のニーズが強い背景などについても語った。また、紙幣の偽造防止に向け、金融機関に留意してほしい点を説明。東日本大震災では、現金の迅速な供給に努めたことを強調した。

発券局総務課については、きょうから4日間にわたってリポートする。

日銀券残高の増加、超低金利が主因=発券局総務課(1)〔日銀探訪〕(2012年7月30日掲載)

発券局総務課長の写真

日銀は、保有する長期国債の残高について、日銀券の発行残高を上限とするルールを導入している。金融緩和に伴う国債の買い入れ増額で、ルールの維持が難しくなりつつある中、同発行残高の推移に注目が集まる。同発行残高は増加傾向が続いているが、日銀自身はこの理由や今後の動向をどう見ているのだろうか。発券局の松野知之総務課長は、増加の理由を「金利が非常に低く、現金を保有する機会費用が小さくなっている」ためと分析。超低金利下では、この傾向は続くとの見方を示唆した。また、日銀券のフローベースでの動きには、大災害や金融機関・警備輸送会社のビジネス・拠点展開の変化など、さまざまな要因が影響していると説明した。

「ストックベースの予想は、平残の前年比、これはあまり短期的に動くものではないので、これを参照しながら行う。ただし、東日本大震災のような非常に大きな災害が起きた場合には、銀行券の発行高は急増する。そうした一時的要因を除き、基調となる動きを把握する。私どもの仕事に直結するという意味では、ストックよりフローだ。銀行券の受け払いは、世の中の経済活動や消費活動、季節性、天候要因、大きな災害、制度変更、現金を扱う金融機関や警備輸送会社のビジネス・拠点展開の変化など、さまざまな要因が絡み合って動く。地域ごとに 1)金融機関や警備輸送会社の拠点変更があったか 2)全国的に見て駆け込み需要的なものがあったか 3)災害が発生したか—などが銀行券の需要にどう影響するかを丹念に見ながら、銀行券フローの見通しを立てる」

「一番予想が難しいのは、東日本大震災のような災害時。フローは、なかなかきっちり予想しきれるものではない。ただ、想定したよりも銀行券の動きが多かったり少なかったりした場合は、事務体制や現金の各地配分の計画を適時見直しながら対応していく。ミクロのいろいろな情報や、窓口での動きの中で、今までと変わったことがあれば、予防的に背景のヒアリング調査を行い、一時的なものなのか、もう少し構造的なものなのかを判断し、必要な対応を取る。経験値だけでなく世の中の動きにもアンテナを張り、もしかしたら影響してくるかもしれないと予想しながら仕事をしていくことが大事だ」

「中期的トレンドとして、銀行券の発行残高は着実に増えている。金融不安で現金を手元に持っておこうという動きや、ペイオフ解禁などのイベントで現金の需要が増えるのも経験した。ただ、今のトレンドの一番の原因は、金利が非常に低く、現金を保有する機会費用が小さくなっていることだ。こういう金利環境だと、出ていったものの一部が必ず世の中に残って、日銀に全部は戻ってこない。結果的として残高が増えていく」

警備輸送会社の拠点戦略が日銀券流通に影響=発券局総務課(2)〔日銀探訪〕(2012年7月31日掲載)

前回は主に日銀券の需給について話を聞いたが、今回は日銀券の流通の実態にスポットライトを当てる。発券局の松野知之総務課長によると「日銀の各支店から出て行き、大都市に戻ってくる傾向が明確になっている」という。ただ最近では、現金がその地域で地産地消的に循環し、その地域の日銀支店に戻ってくる動きも見られるそうだ。松野課長はその背景として、現金の整理や運搬を担う警備輸送会社の拠点戦略の変化があると指摘。二千円札が流通しない点については、現金を扱う機械の普及が先に進んでいたため、流通業界などが対応コスト増を嫌ったことが背景にあるとの見方を示した。

「今から10年ちょっとくらい前までは、それぞれの支店で出て行った現金がほぼその支店に戻ってくるパターンだった。これは、それぞれの経済圏・商圏が成り立っていたためだ。しかし、この10年間で構造は大きく変わり、現金は支店から出て行くが、大都市に集中して戻ってくる傾向が明確になっている。北海道なら札幌、東京周辺なら本店に戻ってくる。これには、警備輸送会社の拠点展開が影響していると思っている。従来は、小売店の取引先の金融機関が集金して、整理し、最寄りの日銀本支店に持ち込むというパターンだったが、現金ハンドリング効率化のニーズに応え、警備輸送会社が現金の集配、整理・精査のアウトソーシングを受けるようになった。現金の作業をするにはある程度大きいセンターが必要になるため、大都市にそういう拠点がつくられるのが一般的。その結果、地方支店から出て行った銀行券は大都市に集められて整理・作業され、余ったものや痛んだものがセンターの最寄りの日銀支店に返ってくる流れとなった。ただ最近は、大都市に運んでくるのは輸送コストやリスクの問題があるので、もう少し地方レベルに拠点を設けようという動きが広がっている。新潟や南九州などで、現金がその地域で地産地消的に循環し、その地域の日銀支店に戻ってくる動きがみられる。これは、社会全体で見ると効率的だ。現在は、均衡点に向けての過渡期に当たると見ている」

「海外を見ると、2が付くお札、20ドル札とか20ユーロ札は定着して、広く使われている。使うお札の枚数を節約できるし、効率的になるメリットが指摘されている。日本では、デザインに守礼門が使われていることもあり、沖縄県で二千円札は広く利用されている。ただそれ以外の地域では、それほど見かけないという声が聞かれる。その理由としては、機械の普及が一番影響している。2のつくお札が、機械の普及前から世の中に出ていた国では定着したが、日本では二千円が登場したときには機械がかなり普及している段階だった。機械の対応コストの方が大きいと判断した人が多かったため、二千円札の流通が進まないのだろう」

きれいな日銀券の需要、高まり続ける=発券局総務課(3)〔日銀探訪〕(2012年8月1日掲載)

日本は、きれいなお札に対するニーズが世界で最も高い国だ。ATMや券売機、レジなど現金を扱う機械の普及に伴い、しわや汚れなどのあるお札が交じっていると、機械につまるなどの不都合が生じるためとみられる。発券局の松野知之総務課長は、きれいな日銀券に対するニーズは今後も高まるとした上で、偽造を防ぐ意味でも「日々の鑑査で日銀券のクリーン度維持に努める」と強調した。また、日本は偽造紙幣の流通が少ないことで知られているが、偽造技術は日進月歩で向上しており、インターネットなどを通じて波及も早いため、警戒は怠れないと指摘した。

「われわれが一番意識しているのは、偽造防止の面でクリーン度の維持が大切だということ。銀行券が汚いと、どうしても真偽の判別が利用者には分かりにくく、偽造のリスクが高まる。われわれとしては、アンケート調査で銀行券のクリーン度の感じ方を聞き、日々の鑑査でもクリーン度を維持するよう努めている。現金関係の機器類の普及も非常に影響が大きい。海外の中央銀行の方と話すと、流通する銀行券をきれいにするのに、世の中に積極的にお願いしないといけない国も少なくない。日本は逆に、クリーンな銀行券に対する需要が世界で最も強い。ATMや券売機、レジなどの機械が世の中に普及していると、しわがあったり、ちょっと破れていたり、汚れていたりすると、機械を通すときにうまくいかない。機械につまったりすると、顧客サービスが悪化する。機械がレベルアップしてコンパクトになると、より狭いところを銀行券が通るようになるので、きれいな銀行券が望ましいという度合いがさらに高まると思う。銀行券を新しいものに入れ替えるのにはコストがかかるが、世の中の強いニーズがある中、バランスを取りながら運営していく」

「わが国では、金融機関や警備輸送会社が再流通に適さないと判断した銀行券は、不適と整理して日銀に持ち込んでいただいている。海外ではむしろ、中央銀行などの当局が『こういうものは流通させないでほしい』という基準を示し、持ち込んでもらうことも少なくない。われわれが言わなくても、市中で選別していただけるのは、日本の特徴。この話をすると、驚く海外中央銀行の関係者は少なくない」 「銀行券の偽造発生件数は、現状非常に落ち着いた状況にある。警察庁の統計では、2011年は1536枚という水準。ECBの統計によると、同年中のユーロ偽造券は60万6千枚で、2桁違う。現在の銀行券は、十分な偽造抵抗力を維持できていると判断している。偽造紙幣を見ると、稚拙な物が非常に多い。デジタル機器が普及しているので、出来心で犯罪に至る人もいるのだろう。ただ、偽造技術はネットを通じて海外動向もすぐ情報入手できる。海外ではかなり精巧な偽造券が出ている事例もあると聞いているし、手口は日進月歩でレベルが上がってきている。危機感は常に持ちながら仕事をしていかなければいけない。偽造犯罪を防止する上で一番大事なのは早期発見だ。入手や使用経路が分からないと、逮捕にはなかなか結び付けづらい。そういう意味で、使われた現場にできるだけ近いところで発見して警察などに通報していただくのが一番大事。小売店や金融機関の窓口で気づくことが非常に大切だし、もし気になったものがあれば、警察や日銀に速やかに連絡してほしい。最近の手口としては、薄暗くて真偽の判別がしづらいところで使ったり、見かけることの少なくなった古いお札などを偽造して行使する事例があったりする。そういった点にも注意を払ってほしい」

東日本大震災、損傷通貨引き換えは阪神の4倍以上に=発券局総務課(4)〔日銀探訪〕(2012年8月2日掲載)

発券局総務課の最終回は、東日本大震災への対応と、課の運営で心がけていることについて話を聞いた。松野知之総務課長によると、昨年の東日本大震災では、ガソリンがなくなる前に現金の手当てをしたいという金融機関の要望に直面した。これに応え、土日も休まず、前倒しで現金供給に努めたという。震災後1週間で、東北の各支店から、平年に比べて3倍の量の現金を供給した。損傷通貨の引き換えは、阪神大震災のときの4倍以上に当たる38億円に達した。

「現金の供給はライフラインの一つと思っており、どのような非常事態においてもしっかり出していかなければいけない。震災発生後は、被災地支店、一部は本店で、土日も含めて迅速に現金供給した。災害時の現金需要増加は毎回見られるが、今回それに加えて経験したのはガソリン不足。現金を運ぶ車が動けなくなる可能性があるので、ガソリンがなくなる前に現金を手当てしたいという連絡を金融機関からいただいた。11年3月12日から18日の1週間で、東北4支店で3112億円の支払いをした。これは、平年対比で3倍の額。また、額的には多くないが、本店で休日に貨幣の支払いを行った。首都圏で交通網が止まり、帰宅困難者が大量に発生し、コンビニで食べ物を買ったりジュースを買ったりしたため、釣り銭が足りなくなったからだ。日ごろから準備し、訓練も定期的にやっているので、円滑に対応できたと思っている」

「被災地での損傷現金の引き換えは、ゴールデンウイーク明けくらいから急増した。被災直後は引き換えの余裕すらなかったのだろう。通貨の信認は、適切な金融政策や金融システム安定で守られるが、根っこの部分では日銀券への信頼をしっかり守るということだと思う。大災害が起きた極限的な状況になっても、通貨としての価値は必ず守るのがわれわれの大切な責務だ。1枚たりとも1円たりとも決しておろそかにはできず、被災者に一日でも早くお支払いできるよう、総力を挙げた。作業は、ゴールデンウイーク明けからお盆休み前くらいまでがピークだったが、今でも続いている。本店や周辺支店からの仙台支店への応援人員の派遣を、今年2月まで続けた。延べ約280人派遣した。また、初めてしたことだが、岩手県内に支店がないので、盛岡市の岩手銀行の本店の一部エリアを借り、昨年4月20日から3カ月間、臨時の引き換え窓口を設置した。今年3月末までの引き換え実績は、仙台、福島、秋田、青森、盛岡の臨時窓口で合計38億円。阪神大震災は8億円だったので4倍以上だ。銀行券48万枚、貨幣424万枚を1枚1枚処理した。これだけの量は、日銀の歴史の中で最大。避難した人が、日銀本店や九州の支店にまで持ち込んだケースもあった。金融機関や警備輸送会社も、顧客の現金の回収・整理に奔走した。民間関係者の協力があって、ほぼ乗り切ることができた」

「課の運営で心がけているのは、まず現場との一体感。現金の仕事は、単に書類とか電子データが動くという世界ではなく、現物が動いて事務が達成される。セキュリティーの問題も付いてくる。現場がきちんと動いてこそ、われわれの仕事は達成される。東日本大震災を振り返っても、現場が知恵を出し、きちっと動いてくれたことで、本当の意味で被災者の救済につながる仕事ができたと実感した」

「もう一つは、世の中の動きについてしっかりと高いアンテナを持っていること。発券の仕事は競争相手がいないので、だれかの動きをお手本にすることができない。偽造防止の話をとっても、いろいろな技術動向は日進月歩で動いている。常に、自ら意識を持って世の中の動きをフォローし、自分たちで将来に向けて行動を取っていかないといけないという強い意識を持って仕事に取り組む必要がある」

次回は8月中旬をめどに、発券局日本橋発券課を取り上げる。

(出所)時事通信社「MAIN」および「金融財政ビジネス」
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