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第4章 決済と信用1.取引の段階で生ずる信用

私たちは生活していくために、ほかの人々を相手に物やサービスを売り買いします。売り買いのプロセスは「取引」(売り買いの約束をすること)と「決済」(物やおかねを相手に渡すこと)の2段階から成り立っています。このうち「決済」の段階は、さらに「物やサービスの引渡し」と「おかねの引渡し」の2つに分けられます。「取引」と「決済」との間に時間差がある時、また、「物やサービスの引渡し」と「おかねの引渡し」との間に時間差がある時、そこでは「信用」というものが関係してきます。どういうことでしょうか。

信用ということ

売り買いの約束をするのは、おかねや品物がほしいからであり、売り買いの約束をしたのに決済されないと、売り手も買い手も困ったことになるはずです。ですから、売り買いの約束と決済との間に時間差があるということは、その間、売り手と買い手は互いに「相手は約束を守るはず」と信用していることになります。

取引から決済までの間に時間差がある場合、その間、売り手と買い手は互いに、「相手は約束を守ってくれるはず」、と信用していることを示すイメージ図。

このように取引と決済との間に生じる信用は「する」「される」の双方向ですから、信用して裏切られた場合には裏切り返すことができます。例えば、取引した相手のX氏が約束どおりおかねを払ってこない場合、そのX氏に約束の品物を渡さなければ自分の財産は減らない――つまり、損は生じないのです。

もっとも、今みた例においても、損が生じるケースがないわけではありません。仮に自分が、X氏から代金が入る予定の日にY氏への支払を約束しており、X氏から入るおかねをY氏への支払に使うつもりでいたとします。このときX氏が払ってこなければ、自分はX氏に品物を引き渡さないことで取りあえず損を回避できます。しかし、あてにしていたX氏からおかねが入ってこないことで、自分のY氏への支払はできなくなってしまいます。これでは自分がY氏との約束を破ったことになってしまいますから、どこからかおかねを借りてこなくてはなりません。そのためには、借入の金利など本来必要でなかった費用がかかって、その分だけ損をしてしまうでしょう。

取引に伴って生じる信用

このように取引と決済との間に時間差がある場合、自分は「相手がおかねや品物を渡す約束を破らず、したがって、代わりのおかねや品物を追加的な費用をかけて別の所から調達する必要も生じない」ことを信じている――相手が約束を守るだけの信用を備えていることを認めている――ことになるわけです。この場合、信用の大きさはどのように表わすことができるでしょうか。

相手が約束どおりにおかねや品物をよこさない場合、別の所から急遽おかねや品物を調達すると、余計な費用がかかる可能性があります。おかねであれば、借金をした金利を払わねばならないでしょうし、品物であれば、急いで手に入れようとすると高い値段を払わされるかもしれません。これらは、取引相手が約束どおりきちんと決済してくれればかからなかった、余計な費用であり、自分にとっては損失です。ですから、言い換えれば、自分が取引相手を、その人が決済を怠って自分に損が発生しうる金額分だけ信用してあげたことになるのです。

もちろん、例えば「X氏が品物を渡してくれなかったのでX氏から買うのをやめ、代わりに別の人から買い入れたら、X氏からよりも安い値段で買えた」という場合もありえます。この場合は、X氏が約束を破ったことで自分はむしろ得をしたかたちになります。しかし、これは偶然にすぎず、損をする可能性はあった。損をする可能性があった以上、その取引相手については「約束を破って私にそのような損をさせる相手ではない」と信用していたはずなのです。

ところで、相手がおかねや品物を渡す約束を破ったために代わりのおかねや品物を調達せねばならなくなった時、そのためにかかった追加的な費用(例えば、「もともと100円で買う予定だった品物を、相手が渡してくれないので別途調達したら120円かかった」という場合であれば120-100=20円)のことを「置換費用」あるいは「リプレースメント・コスト(replacement cost)」と言います。

置換費用のイメージ図。X氏から約束どおりにお金を受け取れない場合、別の人からの借入れによりY氏に支払いを行う必要がある。この借り入れにかかる金利が、「置換費用」に当たる。

そして、もともとの取引相手が約束を破ったためにこのコストを払わされる可能性のことを「置換費用リスク」とか「リプレースメント・コスト・リスク」と呼んでいます。取引と決済との間に時間差がある場合、当事者は取引相手を置換費用リスクの大きさだけ信用していることになるわけです。