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第6章 決済の準備5.クリアリングの安全性向上策

ネッティングの危険性を小さくするためのこれら4つの条件は、ひとまとめにすると「全ての卵を1つのバスケットに入れるべきではない」ということができます。ネッティングは、持ち込まれた全ての取引を互いに関係づけてしまいますから、誰か1人でも負け額を決済できないと全ての取引の決済がダメになってしまいます。一方で、ネッティングは決済すべき件数や金額を節約させる装置ですから、なるべく全部の卵を1つのバスケットに入れてしまいたいという欲望が起こりがちです。決済の効率を求めて行われる事前準備が決済の安定性を損なうことにならないよう、ネッティングの設計には細心の注意が必要です。

決済できない銀行が現れた時の対応

さて、卵を幾つかのバスケットに分散させれば、「負け額」を決済できない銀行が現れた時にも、その混乱を小さくすることができます。しかし、これで決済できない銀行が現れる可能性が消えるわけではありません。ある銀行が何らかの理由で負け額を決済できない場合、クリアリング・ハウスに持ち込まれた取引を予定どおり決済するためには、この銀行に代わって負け額を立替え払いする銀行――流動性供給銀行と呼びます――が必要となります。もっとも、流動性供給銀行は立替え払いしたおかねが戻ってこないと損をしてしまいますから、立替え払いするにあたり国債とか社債などを担保として預かっておきたいと考えます。万一おかねが戻ってこない時には、この担保を売り払っておかねを取り返そうとするわけです。

「負け額」を決済出来ない銀行が現れた場合における対応を示すイメージ図。この場合、「流動性供給銀行」が、決済不能銀行に代わって立替え払いを行う。また、流動性供給銀行に対して、クリアリング・ハウス参加行は、予め担保を提供する。

この担保は、そのクリアリング・ハウスを利用する銀行たちが一定のルールに従って分担して提供しますが、問題は担保の金額です。決済できなくなった銀行の当日の負け額が巨大で、用意された担保の額(=流動性供給銀行が立替え払いしてくれる金額の上限)を上回っているようですと、結局この負け額は支払われませんから、クリアリングにかけられた取引は決済できなくなって混乱が生じます。そこでクリアリング・ハウスは、予め各銀行にそれぞれの「負け額の上限」(これを難しい言葉で仕向超過<しむけちょうか>限度額と呼んでいます)を決めさせます。そして、常に「負け額の上限」に見合った担保が用意されていて、いつでも流動性供給銀行から必要なおかねが供給されるようにしておくのです。

喩えて言えば、クリアリング・ハウスはドーナツ型のテーブルの中央に立つ人物で、このテーブルの周りを銀行達が囲んで立っています。負け銀行は負け額を中央の人物に渡し、中央の人物は全ての負け銀行からおかねを受取り終ったところで各勝ち銀行に勝ち額を渡していくのです。このとき、負け額を払えない負け銀行が1つでもありますと、中央の人物は勝ち銀行にきちんとおかねが払えなくなってしまいます。そこで、各銀行は予め国債などを袋に詰めて中央の人物に渡しておき、中央の人物はいざという時にこの袋を銀行に持っていっておかねを借りて勝ち銀行への支払を完了させるのです。各銀行が袋に入れておく国債などの額はどのように決めるか。「負け額の上限が最大の銀行」が目一杯負けたまま決済不能となるケースを想定し、この銀行の負け上限額を各銀行に割振ってそれぞれの額に見合う国債などを袋詰めさせる、というのが上でお話しした仕組みです。

これだけ手を打っておいても、クリアリング・ハウスに持ち込まれた取引が予定どおり行えない場合があります。例えば、流動性供給銀行による立替え払いに備えて銀行たちが提供している担保の総額が、「負け額の上限」が最大の銀行1行が決済不能になっても大丈夫なように、それをカバーできる大きさに決められていたとします。ところが、実際には「いくつかの銀行が連鎖倒産して、それら銀行の負け額の合計が、担保の総額を超えていた」というような場合がありえます。

このように、用意された対策で対応できない場合、クリアリング・ハウスは最終的に「繰り戻し」(決済不能の銀行の受取・支払を除外して、それ以外の銀行についてクリアリングをやり直すこと)を行います。「繰り戻し」によって各銀行の「勝ち額」・「負け額」が計算し直されます。ここで問題となるのは、計算のやり直しによって、当初は「勝ち」であった銀行が「負け」となり、突然おかねの支払を求められたり、もともと「負け」であったけれども計算のやり直しで「負け額」が急に大きくなってしまったりして、今度はこうした銀行が新たに決済不能に陥ってしまいうることです。最悪の場合、こうした銀行の受取・支払を除いて再度「繰り戻し」を行うことになるかもしれません。クリアリングの仕組みは、こうした最悪の事態が起こらないよう、十分に安全なものとしておかねばならないのです。

クリアリング・ハウスが「繰り戻し」を行った場合の個別銀行の決済額の変化を示した計表。当該計表は、当初「勝ち銀行」(受取り10)であったA銀行が、C銀行の決済不能に伴う「繰り戻し」により、「負け銀行」(支払い30)になる事例を示している。