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第8章 決済の工夫4.証券や外国のおかねの決済システム

ここまでの話で、決済システムがどういうものかが分かってきたことと思います。そこで次に、銀行と銀行との間で「おかね以外のもの」を決済する工夫について調べてみることにしましょう。銀行同士がやりとりする「おかね以外のもの」の代表は、国債や社債などの「証券」と、ドルやユーロといった外国のおかね――「外国為替」の2つでしょう。外国為替は確かに外国の「おかね」なのですが、そのおかねを発行している国の外では「おかね」(=誰もが「ああ、これを受取れるなら満足だ」と思って交換に応じてくれるもの)として通用しません。ですから、外国為替は「外国のおかね」ではあっても、その国では「おかね」ではないのです。

おかねの決済との関係

銀行にとって証券や外国為替の決済はとても重要です。なぜなら、銀行間でおかねの決済が必要となる原因のうち、かなりの部分を証券や外国為替の売買が占めているからです。証券や外国為替の決済に関して大切な点は、銀行間における証券や外国為替の「取りはぐれ」を防止する仕組みが導入されてきていることだと思います(「取りはぐれ」とは、「証券を渡したのに、取引相手が代金を払わずに倒産してしまった」とか「日本円を渡したのに、取引相手がコンピューターの故障でドルを払ってくれず、当日別の銀行に払うはずのドルが不足してしまった」というようなことを言います)。

「取りはぐれ」防止の仕組みというのは、証券や外国為替の決済システムとおかねの決済システムとを結びつけ、A銀行とB銀行との間の取引について、AがBに証券や外国為替を渡せない時には、BのおかねがAに払われないようにする仕組みです(もちろん、AがBにおかねを払えない時には、Bの証券や外国為替がAに渡らないようになっています)。このように証券や外国為替の決済はおかねの決済と強く関係しており、また、一般に証券や外国為替の取引は1件1件の金額が大きいですから、証券や外国為替の決済がうまくいかないと、お金の決済を大きく混乱させてしまうことになるのです。

  • 証券売買の決済、外国為替取引の決済について、「取りはぐれ」の事例を示したイメージ図。前者では、相手にお金を払ったのに、相手から証券を受け取れない例、後者では、相手に日本円を渡したにも拘らず、相手から米ドルを得られない例を示している。

証券決済のあらまし

さて、まず証券決済については、どのような工夫が存在するのでしょうか。証券についても、おかねと同様、クリアリング・システムとセトルメント・システムが存在します(何が「システム」かという定義は、おかねの決済システムの場合と基本的に変わりません)。このうち後者=セトルメント・システムの方は、システム提供者が「どの参加者がどんな証券を幾ら持っているか」を記した帳簿を管理しています。このシステムの参加者であるA銀行が、同じく参加者であるB銀行に証券を引き渡す場合、A銀行は「私が預けてある何々という銘柄の証券のうち、幾ら分をB銀行に移してほしい」とシステム運営者に指示します。システム運営者は、この指示に従って、A銀行の証券口座の残高を減らしてB銀行の証券口座の残高を増やすという操作を行うのです。

また、証券のクリアリング・システムの方は、システム参加者間の証券取引を、セトルメント・システムでの決済に先だって計算・整理します。そこでは、A銀行がB銀行を相手に行ったと考えている取引と、B銀行がA銀行を相手に行ったと考えている取引とが食い違っていないことの確認や、証券の銘柄ごとに各参加者の売買額を差引き計算してネット額を算出するなどの作業が行われます(異なる銘柄の証券はネッティングできません――国債と社債は別の証券ですし、同じ社債でも○○社の社債と××社の社債は別ものです。○○社債を10億円分買って××社債を9億円分売った銀行が、ネッティングの結果○○社債を1億円だけ受け取ることになったのでは、××社債を手に入れたかった相手先はこの社債が受取れませんから、困ってしまうのです)。

証券売買の決済における工夫

証券の決済システムは、おかねの決済システムと強く結びついています。証券のセトルメント・システムについては、先ほど少し触れたように、「取りはぐれ」防止のための仕組み――これを専門用語ではDVP(Delivery Versus Payment、証券のデリバリーとおかねのペイメントとの突き合わせ)と呼んでいます――が存在します。

  • 証券売買における「取りはぐれ」を防ぐ仕組み(DVP)を示すイメージ図。A銀行がB銀行にお金を支払い、証券を受取る事例において、お金と証券のどちらか一方でも、各決済システムで確保出来ないときは、お金、証券の両方を元の口座に戻すことを示している。

また、証券のクリアリング・システムは証券のネッティングなどを行うだけでなく、同時に、それら証券売買の代金を計算・整理して、システムの参加者に証券と代金の両方のネッティング結果を伝える場合が少なくありません。この場合、証券のクリアリング・システムは、それを利用する銀行のために証券とおかねの両方をクリアリングしていますから、半分はおかねのクリアリング・システムであるわけです。

  • 証券のクリアリング・システムを示すイメージ図。証券のクリアリング・システムは、証券のネッティングを行うだけでなく、同時に、証券売買の代金を計算・整理して、参加者に証券と代金の両方のネッティング結果を伝える状況を示している。

ところで、このように証券のクリアリング・システムの中に含まれる「おかねのクリアリング・システム」については、「ネッティング後の決済額が如何なる場合にも決済可能であるように設計しておく」か、それが困難であれば、ネッティングの安全性を維持するために一定の条件を満たす仕組みにすることが不可欠です。

そうした条件のうち最も基本的なものは「金額の大きい取引をネッティングしない」、「ネッティングした結果を再びネッティングしない(=代金をネッティングした結果は、グロス決済する)」、「異なる種類の取引を同じ1つの仕組みでネッティングしない(=国債、社債、株式といった異なる証券の売買代金を一括りにネッティング)」という3項目であることについては既にお話ししたとおりです。

外国為替取引の決済

一方、外国為替の決済はどのような仕組みで行われているのでしょうか。外国為替については、証券の場合と異なり、「外国為替の決済システム」という特別なものは存在してきませんでした。ある銀行がよその銀行と、日本円と米国ドルを交換する取引を行った場合、その決済は、日本円については日本で、ドルについては米国で行われるのが一般的です。日本円は日本の中では「おかね」ですから、普通の銀行間決済と同じように、おかねの決済システムを通じて決済されます。他方、ドルの方は、確かに日本においては外国為替という「おかねでないもの」ですけれども、決済が行われる米国においては「おかね」ですから、やはり普通の銀行間決済と同じように、おかねの決済システムを通じて決済されるのです。つまり、外国為替取引の決済は、2つの国における「おかね」の決済システムを利用して決済されます。そのため、「外国為替の決済」のための特別な仕組みは必要とされなかったわけです。

外為取引の決済における工夫

もっとも、外国為替取引の決済においても、証券決済と同様、「取りはぐれ」の可能性が存在します。証券決済において「おかねを払ったのに証券を受取れなかった」という場合には、払ってしまったおかねの額(=取引額)に相当する損失が発生します。これと同様に、外国為替取引(例えば円・ドルの交換)の決済においても、「日本円を払ったのに米ドルを受取れなかった」という場合には、払った円に相当する損失が発生するのです。このような損失の可能性をなくすためには、証券決済におけるDVPメカニズムと同じような仕組み――取引相手が米ドルを払う場合にのみ自分は日本円を払う、という仕組み――が必要になります。これを専門用語ではPVP(Payment Versus Payment、ある国のおかねのペイメントと他国のおかねのペイメントとの突き合わせ)と呼んでいます。外国為替取引に関係する両通貨の決済を、「それぞれの通貨の母国でバラバラに行うのではなくて、PVPという仕組みで結びつけて行うべきだ」という認識はこんにち関係者の間で広く共有されています。

  • 外国為替取引における「取りはぐれ」を防ぐ仕組み(PVP)を示すイメージ図。A銀行がB銀行に日本円を支払い、米ドルを受取る事例において、日本円と米ドルのどちらか一方でも確保出来ないときは、円、ドルの両方を元の口座に戻すことを示している。

決済に至る期間の短縮

さて、少々横道にそれますが、ここで証券や外国為替の決済に関する、もうひとつのリスク削減策に触れておくことにしましょう。

おかねと同様、証券や外国為替についても「売り買いの約束をしてから、実際に証券や外国為替をやりとりして決済するまでの間に時間差がないのが理想的です。例えば、取引をして3日たってから決済することにしていますと(こういうことを「Tプラス3」などと呼んでいます――Tは取引という意味の英語 tradeの頭文字です)、この3日間に相手が倒産したりして、代金が受け取れなくなる心配があります。DVPやPVPが実現していれば、おかねが入ってこなくても、この相手に渡すはずの証券や外国為替は自分の手元に残りますから、その意味で損失は発生しません――信用リスクは回避されています。

しかし、あてにしていたおかねが予定どおり入ってこないために、今度は自分が別の銀行への支払を出来なくなる可能性があり、その場合にはどこかよそから金利を払っておかねを借りてくるなど、本来必要でなかった費用がかかることになってしまいます――置換費用リスクは残っています。この費用は自分にとって損失です。「損をする危険性が少ない」という意味では、Tプラス0、つまり取引当日中の決済が望ましいですし、朝のうちに取引して夕方決済することにしていたら、その日の昼間に相手が倒産した、という可能性もありますから、「取引をしたら直ちにその場で決済してしまうこと」が理想的なのです。

  • 取引から決済まで時間差がある場合を示すイメージ図。取引から3日たってから決済する事例(T+3)で、4月1日(金)に取引を行うケースでは、土曜日、日曜日を挟むため、決済日は6日(水)となる。

そのようなTプラス0といった、取引~決済の期間短縮にあたってポイントとなるのはクリアリング・システムの作りです。セトルメント・システムは指示を受けて決済するという比較的単純な機能に特化していますが、クリアリング・システムは取引の内容を当事者に確認させたりネッティングを行うなど、さまざまな機能を果たしており、これが取引~決済の間に時間差が生じる背景の一部となっています。クリアリング・システムはそれらの仕事を高速で処理することで決済までの時間を出来る限り短縮することを求められているわけです。