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第9章 決済の安定5.ルール・ブックの中身

ルール・ブックに書かれていることのうち、とくに重要なのは、決済システムの信用リスク対策と流動性リスク対策だと考えられます。決済システムはそもそも決済を効率的に行うために作られますから、どうしても効率性に重点が置かれがちで、安全性や安定性の確保策――リスク管理策――の方は手薄になる傾向があります。それだけに、決済システムのルール・ブックについては「参加することで得られるサービスの内容」と同時に「どのようなシステミック・リスク対策がとられているか」――すなわち、参加者が正常に決済できなくなった場合に備えて、信用リスクや流動性リスクの拡散がどのようにコントロールされているか――という点が大切なポイントとなるのです。

信用リスク・流動性リスク対策

まず、信用リスク対策の関係では、万一ある参加者が決済不能になって、残りの参加者の間で損失を分担することになった場合の分担方法を――分担すべき銀行が分担できない場合の扱いといったことを含めて――厳密に定めておくことが求められます。また、流動性リスク対策としては、決済不能が発生した当日の決済を終えるのに必要なおかね(流動性)を誰が提供するかについて、明確で実効的なルールが用意されていることが大切です。もちろん、言葉で流動性や損失の分担方法を決めただけでは、現実に問題が起こったときの実効性に不安が残りますから、流動性や損失を分担すべき参加者に担保の提供を求めるなど具体的な手当てが行われていることが必要です。このような手続きが明確に記されたルール・ブックがあることによって、銀行は各決済システムに参加することから生じるリスクを正しく認識し、意見を表明したり、参加すべきか否かを的確に決定することができるのです。

信用リスク・流動性リスク対策の要諦を板書風に示した図(その1)。X銀行が決済不能になった時に、「誰が必要なお金を立替払いして当日の決済を完了させるか」、「最終的に誰がX銀行の代わりにお金を出して損失を負担するか」について、ルールを定めておくことが大切であることを示したもの。

なお、緊急時における流動性の確保という点は、ネッティングを行う決済システムの場合にとくに重要です。これは、ネッティングの結果を決済する段階で「負け額」を支払えない銀行が現れた場合に、この決済不能の影響が直ちにすべての参加者に及び、また、それが原因となってさらに次の決済不能が生じるという心配もあるからです。

そうしたシステミック・リスクに備えるためには、ネッティング結果の決済が予定どおりのタイミングで行われるよう、負け額を決済できない銀行に代わって迅速に立替払いを行う銀行が必要です。その際、立替え払いできるように準備しておく金額については、「当日の負け額が最大の銀行」の決済不能を穴埋めできる大きさ、というのが最低線とされています。最近では金融取引の増大から決済額が増え、システミック・リスクも大きくなっていることから、負け額が最大の銀行とそれ以外の銀行がもう1つ同時に決済不能となっても大丈夫なように備えておくことが望ましい、とされ始めています。

決済のタイミングをどうするか

流動性供給や損失分担の問題を離れ、具体的な決済のやり方との関係で信用リスクや流動性リスクを削減するには、どのような智恵があるのでしょうか。ひとつは決済を、決済システムや銀行などがその日に営業を終えるタイミング(=終業時、end of day)に一括して行うことを避け、当日の早い段階(=日中、intra-day)に、事後的に取り消される可能性のない形(=ファイナリティーのある形)で行うことです。「日中ファイナリティーのある決済」が実現しており、当日の朝から次々と決済が片づいていくような世界では、日中(例えば正午)にある銀行が決済不能に陥った場合でも、決済不能に陥る前の段階(この例では午前中)に決済が完了している取引があるわけで、その分は決済不能の影響を受けずに済む――つまり決済不能の影響はそれだけ小さく抑えることができるのです。

信用リスク・流動性リスク対策の要諦を板書風に示した図 (その2)。「決済のタイミング」の観点から、決済を「1日の終わりに行うのか」、「始業時から次々と行うのか」、「後者の場合、日中ファイナリティーのレベルは十分に高いか」もリスク対策を考えるポイントであることを示したもの。

このような「日中ファイナリティーのある決済」は、時点ネット決済を日中に何回も行うという形でもそれなりに実現できますが、これを最もよく実現できるのは、振替の指示が日中随時受付けられ、受付けられると直ちに実行される即時グロス決済(RTGS)です。時点ネット決済ですと、ひとつの銀行の決済不能が連鎖的に多数の銀行の決済不能を招く恐れがありますから、そこには大きな信用リスク、流動性リスクが横たわっています。RTGS方式の採用によってこうしたリスクは相当に小さくすることができるのです。

まとめて決済するかどうか

なお、時点ネット決済の問題点は、いろいろな取引を(差引き計算という形で)「まとめて」行うところにもあります。1件ずつバラバラに決済されていれば、1件の取引が決済できないことの影響は全体に広がりにくい。ところが「まとめて」行う場合、ネット額を払えない銀行が1つでもあると全ての取引の決済が一斉に止まってしまう――そういう問題です。このように、取引を「まとめて」行うリスクは、1日の決済をend of dayにまとめるという形でも生じますし、例えば国債の売買代金と社債の売買代金をまとめてネッティングするような場合にも生じます。後者のケースでは、もしも社債の代金を決済できない銀行がありますと――この銀行が国債の取引を全く行っていなくても――社債だけでなく国債の代金決済全体までもが直ちに止まってしまうことになります。この場合、国債の代金と社債の代金を分離して決済していれば、決済不能の無用な拡散は防げたわけなのです。決済を「まとめて」行うことについては慎重に考えることが必要です。

信用リスク・流動性リスク対策の要諦を板書風に示した図(その3)。決済を1日の終わりまで溜めていない場合においても、時点ネット決済の問題点は、いろいろな取引を(差引き計算という形で)「まとめて」行うところにあることを示したもの。

日中ファイナリティーの確保

次に決済システムが使う決済手段とリスク削減との関係を調べてみます。これは、決済システムが決済に用いる道具(決済手段)として何を選ぶかという問題です。まず、当たり前ですけれども、何か「おかね」でないものが決済手段に使われていますと、これを受け取った人は――自分が支払いをする際に相手がおかねを求めてきた際に――受け取ったものを「おかね」に換えなくてはなりません。この場合、その交換がうまくいかなければ、この人はおかねを払うことができません。つまり、おかねでないものを決済に使うと流動性リスクが発生します。ただ実際には、決済システムがおかね以外のものを使って決済するという仕組みを採用することはないでしょうから、この点はあまり問題にならないでしょう。

せっかく「事後的に取り消される可能性のない決済」を当日の早い段階で行ったとしても、多くの銀行が「受け取った決済手段をある銀行への預金の形で置いておいたら、その銀行がその晩に破綻して、一斉に損をしてしまった」ということでは、日中ファイナリティーのある決済を行った意味がありません。また、そういう可能性があるだけでも人々は安心して決済を行えませんから、いずれにせよ決済の安定は得られないのです。決済に使う道具には、このように、道具の提供者が破綻する心配のないものが望ましいわけです。「後になって紙くずになったり消えてしまったりしない決済手段」のことをファイナリティーのある決済手段と呼びますが、ファイナリティーのある決済手段を用いて日中ファイナリティーのある決済を行うことが、信用リスクや流動性リスクの拡散すなわちシステミック・リスクを抑制する上では重要なのです。

日中ファイナリティーとは、日中に行われた決済が、「後になって取り消される可能性がないか」という形で定義されることを板書風に示した図。