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金融機関のリスク情報に関するディスクロージャーについて

1996年11月29日
日本銀行信用機構局

ご利用上の注意

本稿は、日本銀行月報11月号掲載文の転載であり、本文中の「図表」は省略しています。図表を含む全文は、こちらから入手できます(ron9611a.lzh 62KB[MS-Word])。

はじめに

 金融機関のディスクロージャーは、従来から財務諸表等の公表により経営状況を開示する仕組みとして機能してきたが、近年では、財務諸表に限定することなく広く経営方針を含めて自主的に情報を開示し、いわば情報発信機能としての側面を重視する動きが拡大してきている。このひとつの背景として、デリバティブ(金融派生商品)取引の拡大等に伴い、金融機関にとってリスク管理能力の向上が経営上一段と重要な意味を持つようになっている点を指摘できる。そうした中で、個々の金融機関では自ら抱えているリスクの大きさやリスク管理の手法自体に関する情報を自主的に開示し、市場参加者の積極的な評価を受けようとのインセンティブが働くようになっている。ディスクロージャーの持つこうした側面は、市場による金融機関経営に対する「チェック・メカニズム」とも呼び得るものであり、市場の効率性・透明性向上、ひいては金融システムの安定化にも寄与すると考えられる。そこで、本稿では、金融機関のリスク情報に関するディスクロージャーに焦点を当て、その現状、および今後の方向性を整理し、ディスクロージャー情報の受け手を含む市場参加者の参考に供することとしたい。

1.ディスクロージャーの果たす機能

 ディスクロージャーは、法律の規定に基づき、投資のリスク・リターンに関しての判断材料を開示する制度として発展してきたが、そうした側面にとどまらず、経営方針やリスク関連情報を関係者に提供することを通じて、経営戦略上も有効な役割を果たし得るものである。ディスクロージャーが有するこうした機能は、金融システム全体にとっても大きな意義を有するものと考えることができる。

 金融機関経営および金融システムとの関わりという観点から、ディスクロージャーの果たす機能について整理すると以下の3点に集約できよう。

  1. (1) 取引相手選定のための情報提供
    金融機関の取引相手に対し、当該金融機関が負っているリスク量ばかりでなく、どの程度巧みにリスクを管理しているか(リスク管理能力のパフォーマンス)についての評価が可能な情報も提供されれば、市場参加者は自己の判断・責任で取引相手を選定することが、より容易となる。
  2. (2) 市場の価格形成機能の向上
    取引相手選定のための情報は、デリバティブ取引を含めた各種金融商品の適切な価格形成(プライシング)を促進し、これを通じて市場の機能向上に寄与する。
  3. (3) 経営の規律の向上
    ディスクロージャーを行う金融機関の経営陣は、自らのディスクロージャーに対して市場参加者から好意的な反応を得るべく、経営方針の見直しやリスク管理技術の向上、あるいはリスク管理方針自体の厳格化等を行うことが予想される。こうした経営規律の向上は、市場の健全性を維持することにも役立つと思われる。

 以上の(1)〜(3)の機能は、「市場によるチェック・メカニズム」にほかならない。すなわち、リスク量およびリスク管理能力に関する情報は、個々の金融機関の経営状況に関する重要な部分であり、当該金融機関の株価や資金調達コストに反映されると考えられる。市場が、ある金融機関について高いリスク管理能力を備え、経営状況も優れていると判断すれば、例えば当該金融機関の株価は相対的に高くなり、低コストでの資金調達も可能となるはずである。反対に体力を上回るリスクを取り、かつリスク管理が不十分であると見られれば、株価の下落や調達コストの上昇等を余儀なくされるという仕組みが働くことになる。従って、金融機関としては、市場から好意的な評価を受けるため、ディスクロージャーを積極的に利用しようとするインセンティブが働くものと考えられる。当然、市場からの評価を受けられなかった先は、市場の評価が相対的に劣っている部分を改善するか、あるいは市場から撤退するかとの判断を迫られる可能性もある。このようなメカニズムを通じて市場参加者の市場への参入・退出が促され、参加者のレベルが全体として向上し、結果として金融システムの安定にも寄与することになる訳である。

2.リスク情報に関するディスクロージャー拡充の背景

 近年の国際金融市場におけるデリバティブ取引の急激な拡大は、新しい金融業務の創造、金融技術革新の進展、金融市場の効率化という望ましい効果をもたらしたが、一方で、システミック・リスクを増加させる可能性があることが指摘されるようになった。こうした中でシステミック・リスクを回避・抑制し、金融システムの安定性を確保するための方法として、ディスクロージャーが有効な手段になり得ることが市場関係者や金融当局者の間で強く認識されるようになった。

(1)デリバティブ取引拡大への対応

(1)取引規模

 為替や金利等に関するデリバティブ取引は、1980年代後半から急速に拡大をみている。国際決済銀行(BIS)と世界26か国・地域の中央銀行による、デリバティブ市場の取引高および残高に関する調査(「派生商品サーベイ」)によれば、全世界の1995年3月末現在の店頭取引の想定元本は47.5兆ドルに上っている(図表1)。デリバティブ取引は必ずしも元本の移動を伴わないことなどから、同取引のリスクの程度は想定元本により表し得る訳ではないが、ひとつの目安としてみれば、この金額は1995年の米国名目GDPの7倍弱に相当するものである(なお、同調査で同時に公表された市場価値ベースの残高1 は2.2兆ドルと、想定元本の20分の1にも満たない)。

 また、個々の金融機関についても、国際的取引を活発に行っている先では、デリバティブ取引の想定元本が貸出や有価証券等のオンバランス資産残高を上回っている。とくに、大手米銀ではデリバティブ取引の想定元本がオンバランス資産残高の20倍弱にも達する(図表2)など、銀行業務全体の中でも主要な地位を占めるようになっている。邦銀についても、大手行ではこの比率が2〜5倍に達している模様である。

  1.  1  取引相手が現時点で倒産等により取引を履行できなくなった場合に、同一の取引を市場において再構築した場合に要するコスト(再構築コスト)。ここでは、ネッティング契約等を考慮していないグロス・ベースの残高。

(2)デリバティブ取引の意義とリスク

 デリバティブ取引は、業務上発生する種々のリスクを、分解や再編成を通じてそれを負担する意思と能力のある者に移転するリスク配分機能を有している点で、市場参加者にとっては極めて効率的なリスク・コントロール手段となり得る。その意味で、デリバティブ取引は全体として金融機関や金融市場の効率化、金融機関の技術革新に大きく寄与し得るものと言えよう。

 しかしながら、一方で、デリバティブ取引に関する研究が進むにつれ、主要国中央銀行の間ではデリバティブ取引の拡大によりシステミック・リスク 2 が増加する可能性があると認識されようになった3。その要因としては、デリバティブ取引は(1)ヘッジや裁定取引に活発に利用されているため、市場間の結びつきを通じてショックが伝播しやすくなっていると考えられること、(2)取引が一部大手の金融機関等に集中する傾向があり、万一こうした先がリスク管理に失敗した場合のショックは極めて大きくなる可能性があること、(3)市場環境によっては、金融資産価格の変動を一時的に増幅させる取引(例えばオプション取引等)があること、等の点が指摘されている。しかしながら、これらはあくまでシステミック・リスクを増加させる「可能性」を示すものであり、「デリバティブ取引は必ずリスクを増加させる」ということではない。

  1.  2  システミック・リスクについては画一的な定義がある訳ではないが、最も典型的には、「ひとつの金融機関で生じた支払不能が、個々の金融機関相互の与信・受信の連鎖を通じ、他の金融機関の破綻にまで及び経済全体の安定が損なわれる」リスクとされている。また、より広義には「何らかのショックに起因する、金融資産価格の大幅な変動による市場機能のマヒ」(例えば、1987年のブラック・マンデー)も含めた概念としても捉えられている。ここで市場機能のマヒとは、取引活動が全く行われない状況を指し、こうした状態が放置され深刻化すると、支払不能に陥る金融機関も発生し得る。
  2.  3  例えば、BISのユーロカレンシー・スタンディング委員会(以下BISユーロ委員会)が 1992年11月に公表した「国際インターバンク取引の最近の動向」(プロミセル・レポート)では、デリバティブ等オフバランス取引の拡大に伴う最近の市場における変化が金融システムに及ぼす影響について分析するとともに、こうした影響の下でシステミック・リスクが顕現化することを防ぐために、市場のインフラ整備へ向けて連携・協調を進めることの必要性を強調している。

(2)システミック・リスク抑制のための手段

 主要国中央銀行では、デリバティブ市場の拡大が金融政策や金融システムに与える影響について、継続的に検討を行ってきている 4。また同時に、いかにしてこうしたリスクの増加を回避していくかということについても検討を重ねてきた。これまでの検討結果を踏まえると、システミック・リスクの顕現化を防ぐための手段は次のように整理されると考えられるが、こうした中でディスクロージャーはそのひとつの有力な手段として位置付けられる。

  1.  4  「プロミセル・レポート」における研究を受け継ぐ形で、主要国の中央銀行はBISユーロ委員会においてデリバティブ取引の実態、および同取引の拡大がもたらす影響について検討を重ね、1994年12月に「金融派生商品市場の拡大に伴うマクロ経済と金融政策上の論点に関する報告書(アヌーン・レポート)」を、1995年2月には「金融派生商品市場の実態およびマクロプルーデンス面に与える影響の把握方法に関する報告書(ブロックマイヤー・レポート)」を公表した(日本銀行月報1995年3月号を参照)。これら報告書は、デリバティブ取引が金融資産の価格変動の攪乱要因となりうる一方、同取引がリスクを分配し、金融市場の安定性を向上させる側面を持つことを指摘している。

(1)金融機関のリスク管理強化

 まず第1に基本となるべきは、個々の金融機関がそれぞれリスク管理を強化することである。リスク管理技術は、金融機関によるALM運営の高度化等を目指す動きが拡がる5中で日進月歩を遂げている分野であるが、高度な金融サービスの供与はリスク管理が伴って初めて可能となるのであり、金融サービスにおける競争はすなわちリスク管理の競争ともいえる。

 リスク管理には、リスクの定量的測定といった面のほか、組織構成のあり方も含まれる。このうち、リスク測定技術の面についてみると、わが国では最近、マーケット・リスクについてはバリュー・アット・リスク(VaR)方式6が大手行を中心に導入されつつある。また、信用リスクの測定手法については、デリバティブ取引におけるカレント・エクスポージャー方式 7の導入等が進んでいる。リスク管理の組織体制の面では、全行的なリスクの計測・モニターを一元的に統括する専門部署を設置する等、体制の整備を図る動きもみられる。

  1.  5  金融機関のALM運営の高度化に向けた動きについては、『日本銀行月報』1995年9月号「金融機関ALMの現状と課題」を参照。
  2.  6  市場の不利な動きに対して、一定期間・一定確率の下で保有ポートフォリオが被り得る最大損失可能額。VaR算出の考え方については、『日本銀行月報』1995年4月号「バリュー・アット・リスク(Value at Risk)の算出とリスク/リターン・シミュレーション」を参照。
  3.  7  取引の相手方が倒産等により取引を履行できなくなった場合に、同一の取引を市場において再構築した場合にかかるコスト(再構築コスト)であり、当該取引の時価に相当する。

(2)金融インフラの整備

 金融市場がその機能を発揮する観点からは、決済システムや会計制度等、金融のインフラストラクチャーを整備することが必要である。わが国では、会計制度については、今般「金融機関等の経営の健全性確保のための関係法律の整備に関する法律」により、1997年度以降、大蔵大臣の認可を受けて「特定取引勘定」(トレーディング勘定)を設けた銀行等は、同勘定につき時価法による会計処理を行うこととなっている。

(3)ディスクロージャーの拡充

 わが国では、全国銀行協会連合会が、1995年度のディスクロージャー制度における統一開示基準に、デリバティブ(オフバランス)取引情報を開示項目として追加した。デリバティブ取引の想定元本額・契約金額や信用リスク相当額(カレント・エクスポージャー)等の定量的情報およびこれらに関する補足説明、実際に取り扱っている商品の説明、取組姿勢等の定性的情報を任意開示項目として新規に追加している。また、1996年7月には、一般事業法人を含む企業のデリバティブ取引等に係るディスクロージャーの充実を図ることを目的に、ディスクロージャーの対象となるデリバティブ取引の拡大や同取引の定量的情報開示の充実、定性的情報開示の導入等を内容とする、「財務諸表等の用語、様式及び作成方法に関する規則」等の改正省令の公布、および通達の改正が行われた。

 全国銀行協会連合会の統一開示基準等は、最低限満たされるものとして重要であるが、「市場によるチェック・メカニズム」を促進する観点からは、後述するように、そうした基準を超え自主的に行われるディスクロージャーが大きな意味を持つ。

(4)金融当局の役割

 金融機関によるリスク管理の強化や金融インフラの整備が進み、これに伴いディスクロージャーが積極的に行われるようになると、「市場のチェック・メカニズム」が発揮され、金融システムの安定にも寄与することになると考えられる。そうした状況の下では金融当局も、これを活用していくことが可能になる。中央銀行としても、金融機関が本来的に有するリスク管理能力向上へのインセンティブ、換言すれば市場に内在するリスク管理機能を活用する方向で、金融システム安定のための手法を検討していくことが求められよう。

3.現状のディスクロージャー発展段階と邦銀の動向

(1)ディスクロージャーを巡る内外の議論

 ディスクロージャーの役割に対する認識は内外で高まっている。例えば、投資家に対する企業情報の正確な開示という観点からすでにディスクロージャーの拡充が進んでいる米国では、1994年以降、財務会計基準審議会(FASB)や証券取引委員会(SEC)によりデリバティブ取引等に係るマーケット・リスクの定量的情報の開示基準が示されている8

 国際的な共同作業としては、BISユーロ委員会が、1994年9月に金融機関のディスクロージャーに関するレポート(「金融仲介機関によるマーケット・リスクおよび信用リスクのパブリック・ディスクロージャーに関する討議用ペーパー」)9を公表している(図表3)。本レポートの大きな特徴点は、金融機関がリスク量の測定に用いている内部リスク管理システムから得られる情報をディスクロージャーにも利用し、単にリスク量等の指標だけではなく、リスク管理のパフォーマンスに関する定量的、定性的情報も開示することを提案していることである。その狙いは、基本的には「市場のチェック・メカニズム」の強化であるが、同時に、こうしたディスクロージャー自体に「優れたリスク管理システムを有する先が自らのシステムを用いた情報を、必要かつ効果的な形で一旦開示し始めると、他者も追随する」という「ダイナミックな競争プロセス」を起動する力があり、その結果ディスクロージャーが市場全体として拡充され、市場の透明性が増す効果も指摘されている。

 また、バーゼル銀行監督委員会と証券監督者国際機構(IOSCO)は1995年11月、共同でディスクロージャーに関するレポート(「銀行および証券会社によるトレーディングおよび派生商品取引のパブリック・ディスクロージャー」)を公表した。同レポートは、前記BISユーロ委員会のレポートの問題提起を踏まえ、実際に金融機関のディスクロージャーの内容を調査した上で、ディスクロージャーの更なる拡充を促すために有益と考えられる提言を行っている。その後、同報告書の趣旨を踏まえ、各国金融機関のディスクロージャーの実態に関する調査が行われている。

 一方、わが国においても、1995年5月、金融制度調査会・金融機関のディスクロージャーに関する作業部会がその報告書(「金融機関のデリバティブ取引の情報開示について」)において、デリバティブ取引のディスクロージャーの拡充を提言した。この趣旨を踏まえ、前述のように、全国銀行協会連合会の統一開示基準等の拡充が行われた。

  1.  8  財務会計基準審議会(FASB)は基準書119号(1994年10月公表)で、トレーディング目的のデリバティブ取引について公正価値の期中平均や期末値の開示を義務づけたほか、デリバティブ以外の取引についても、公正価値の期中平均等の開示を奨励した。また、デリバティブ取引のマーケット・リスクに関する定量的情報の開示を奨励した。さらに、証券取引委員会(SEC)は1995年12月、株式公開会社のディスクロージャーに関する規制の改正案を公表した。この改正案では、マーケット・リスクに関するディスクロージャーについて、対象範囲をデリバティブ取引のほか、オンバランスの金融取引まで含む「market risk sensitive instruments」にまで拡大。また、SEC規制の改正案では、FASB基準書119号では奨励に止まっていたマーケット・リスクの定量的情報について、金利等が一定幅(例えば0.1%)変化した場合の損益変動を求めるセンシティビティ分析や、VaRの方法により測定されたリスク量の開示が義務づけられることとなっている。
  2.  9  BISユーロ委員会の下に設置された、ディスクロージャーのあり方に関する作業部会が作成。同作業部会の議長(ニューヨーク連邦準備銀行フィッシャーEVP<Executive Vice President>)の名をとって、「フィッシャー・レポート」と呼ばれている。同レポートについては、『日本銀行月報』1994年11月号を参照。

(2)金融機関の動向

 この間、金融機関による、リスク情報に関する実際のディスクロージャー拡充に向けた動きをみると、先進的な米銀では、国内におけるディスクロージャー基準の如何に拘わらず、ディスクロージャーの持つメリットを認識し、それぞれが独創的な方法で様々なディスクロージャーを行っている。邦銀でも、一部の先が内外での開示基準の発表や提言等を受け、1994年度のディスクロージャー誌でデリバティブ取引やリスク管理についての開示を実施した。さらに 1995年度のディスクロージャー誌では、大手行でこれらの情報についてのディスクロージャーを行う先が増えている。

 以下では、デリバティブ取引やリスク管理といった分野における具体的なディスクロージャーの状況を、1994・1995年度のディスクロージャー誌等で実際に内外の金融機関が用いた方法を参照しつつ整理・分析を試みる。整理を行う上で、ディスクロージャーの対象となる取引についてはこれを「トレーディング取引」と「バンキング取引」に区分した。またリスク量の推計・管理パフォーマンスの評価を行うリスクの対象としては「マーケット・リスク(市場リスク)」と「信用リスク」を採り上げた10。なお、これらの図表で採り上げているディスクロージャーの事例は、実際に金融機関が用いたものをベースに、概念を理解しやすくするためのイメージ図に改めて書替えたものである。

  1. 10 マーケット・リスク:保有するポートフォリオの価値が、金融商品の価格(金利、為替相場等)の変動により増減するリスク。信用リスク:取引相手の信用状況の変化や債務不履行等により、本来得られるはずの取引による経済効果が減少もしくは失われるリスク。

イ.マーケット・リスクのディスクロージャー

ディスクロージャー手法の整理

 まず、邦銀・欧米金融機関の多くが、様々な方式で情報の提供を行っているマーケット・リスクのディスクロージャーについて整理する。ここでは、便宜のため、開示する内容を4つの段階((1)時価評価損益の開示、(2)リスクの予測値<VaR等>の開示、(3)リスク管理パフォーマンスの開示、(4)その他のリスク管理手法の情報開示)に区分することとする。

(1)時価評価損益の開示例

 この手法は、ある金融機関が日々の市場取引において特定の期間(例えば当該年度中)におけるポートフォリオの価値を日々時価評価し、その増減すなわち損益を開示したものであり、取引におけるリスクの実現値とみなすことが可能である。表示の方法としては、日々の損益を時系列グラフ化したり、これをヒストグラム化するものがある(図表4)。こうした開示例は欧米の金融機関にとどまっており、邦銀にはまだ事例が見当たらない。

(2)リスクの予測値の開示例

 個々の金融機関がどの程度のリスクを想定して取引を行っているかについての情報を提供するために、リスクの予測値を開示する手法である。リスクの予測値としてはVaRの利用が広範化しており、その開示はすでに先進的な米銀では定着している一方、邦銀でも1995年度のディスクロージャー誌において開示する先が増えている。具体的には、VaRの日次変化をグラフ化する(図表5)ほか、期中の平均値・最大値・最小値をそれぞれ算出して表示するといった形での開示が行われている11。さらに、拠点別や通貨別、リスク・ファクター別等のVaRの期中(四半期平均等)や期末時点での内訳を開示する方法も一部の邦銀で採り上げられた。

  1. 11 VaRは、保有期間や信頼区間、データの観測期間等の前提により推計結果は異なるため、開示に当たってはこれらの前提条件を併せて提供することが必要である。
(3)リスク管理パフォーマンスの開示例

 (1)、(2)の手法ではリスク量やその実現値そのものの開示に止まり、リスク管理のパフォーマンスに関する情報は提供されない。本手法は予測されるリスクと実現した損益を比較することにより、リスク測定モデルの妥当性を通じてその金融機関のリスク管理パフォーマンスを開示するものである。

 具体的には、(1)と(2)を組み合わせる形で、日々のVaR(予測値)と損益の実績値を比較・チェック(これを「バック・テスティング」という<Box1参照>)し、実績値が予測値の範囲内にどの程度収まっているかを分かり易い形式で示すことにより、リスク管理のパフォーマンスを開示しようとするものである。

 邦銀では、1995年度のディスクロージャー誌において、VaRと損益の実績値を対応させた散布図(「45度線グラフ」)を開示する先が増えている(図表6)。また、一部の先では、損益の実績値のVaRに対する比率(リスク対比収益率)をヒストグラム化することにより、リスク管理のパフォーマンスを示している(図表7、Box2参照)。この方法はリスク管理パフォーマンスに関する情報だけでなく、ポートフォリオの収益性や安定性についての情報を提供することも目的としている。

(4)その他のリスク管理手法の情報開示例

 1995年度のディスクロージャー誌においては、一部邦銀が限定的な形ではあるが、「ストレス・テスト」と呼ばれる方法でリスク量の推計に関する情報を開示している(Box3参照)。

 ストレス・テストとは、一般に金融商品の市場価格の急激かつ大幅な変動や有力な市場参加者の倒産など、極めて「異常な」事態(すなわちストレス)が発生した場合に、保有するポートフォリオがどのように影響を被るかを定量的に推計し、経営体として極限的な状態にも耐えられる方法を準備するためのひとつの手段である。VaRによるリスク測定は、リスク・ファクターの変動が正規分布に従うことを仮定したり、リスク・ファクター間の相関の安定を前提としていることが多いが、ストレス・テストはそうした仮定や前提がそもそも成立しないことを想定しており、その意味でVaRを補完するものといえる。もっとも、ストレス・テストについては現在も研究が進められている分野であり、定型的な手法はなく、欧米金融機関でもこれに関する情報を開示している先はほとんどない。

邦銀のディスクロージャー拡充への取組み

 以上の整理にみられるとおり、1995年度のディスクロージャー誌において、邦銀のリスク情報に関する開示は大幅な拡充がみられており、ディスクロージャーの重要性についての認識が全体として浸透し始めていると評価できる。とくに、リスク管理パフォーマンスを示すための創意工夫を凝らしたディスクロージャーの事例が数多くみられるようになったことは、「ダイナミックな競争プロセス」がわが国で実際に作動し始めていることを示唆しているものとも言え、今後こうしたディスクロージャーを実施する先はさらに増加するものと期待される。

 ただし、残された課題も少なくない。

 第1は、リスク管理手法の高度化に応じて今後ともディスクロージャー手法を改善していく必要がある点である。1994年度から1995年度にかけてのディスクロージャーではVaRを用いる先が増えているが、一方でVaRが最良かつ究極的なリスク計測方式である訳ではない点には留意する必要がある。今後金融機関がより優れたリスク管理手法を開発することが予想されるが、ディスクロージャーの手法もそれに合わせ、またその時々の経営方針にも照らした上で適切に開示する必要があろう。また、こうしたディスクロージャー手法の進化を通じて個々の金融機関は市場に対してリスク管理技術の高さを示すことができ、市場全体としての「チェック・メカニズム」もより有効に働くこととなる。

 第2に、情報の受け手にとって意味のある情報の開示という観点からは、現状リスク把握を行う対象拠点や商品の範囲が必ずしも広くなく、また明確に示されていない点である。こうした対象範囲の設定に際しては、個々の金融機関はその業務運営方針や、計数把握にかかるコストの多寡等を勘案せざるを得ないが、可能な限りカバレッジを拡大し、かつそれを明示することが望ましいと考えられる。また、対象範囲については、一旦定めた後は極力変更することなく継続的に開示を行っていくことも重要であると思われる。

ロ.信用リスクのディスクロージャー

 信用リスクについては、現状では貸出債権の市場価格が一般の利用に供する形では存在しないため時価ベースでの管理が難しいほか、企業の信用度・倒産等に係るデータの不足もあってリスク算出に当たり必要となる「倒産確率」や「回収率」の算出が難しい。このため、マーケット・リスクについて採用されているようなアプローチは採用しにくく13、信用リスク管理に関するディスクロージャーは、欧米金融機関においてもマーケット・リスクの分野程の拡充・進展がみられている訳ではない。ただ、邦銀については、欧米金融機関に比べ、現時点でもなお拡充の余地が大きいといえる。

 以下では、マーケット・リスクについて行った方法と同様に、信用リスクに関して開示する情報の内容について、元本、エクスポージャー、リスク相当額といった段階に分け、概念整理を行う。また、将来的に信用リスクに関するディスクロージャー手法を検討していく上での手掛かりのひとつとして、大まかなイメージを示した図を例示する。また、これまでの邦銀、欧米系金融機関の信用リスクに関するディスクロージャーの動向を概観する。いずれにせよ、信用リスクの測定や開示方法はなお発展途上にあることから、金融機関自身がこうした事例をも参考にしながら検討を続けていくことが期待される。

  1. 12 国際シンジケート・ローン等の大型融資案件については、最近米国、ユーロ市場を中心に貸出債権の売買市場が拡大しているといわれており、欧米系銀行で特定のローン案件についてマーケット・メイクを行っている先がみられる。ただし、金利や株価のように日々市場価格が頻繁に把握されている訳ではない。
  2. 13 研究段階では、信用リスクの定量化にVaRの方法を拡張して用いようとする検討も行われている(『日本銀行金融研究所Discussion Paper 96-J-7』「信用リスクの定量化手法について」を参照)。
信用リスクの把握手法の整理

 信用リスクをどの程度精緻に把握するかという観点から場合分けすると、オンバランス取引、オフバランス(デリバティブ)取引毎に図表8のような整理が可能となる。ここで、段階が進むにつれリスク把握の程度は精緻化する。

 第1段階の「元本」は、オンバランス取引では貸出債権等の資産残高であり、デリバティブ取引では想定元本に相当する。資産残高・想定元本は、最も把握が簡単な基礎的指標であるが、いずれも直接的にリスクの量を表すものではない。

 第2段階の「エクスポージャー」は、「元本」を時価評価し、実質的な与信額を把握する考え方である。オンバランス取引については、時価 14ないし公正価値、あるいは市場での流通価格が存在しないような場合は、将来発生するキャッシュ・フロー(利息+元本)を割引現在価値化したものと観念し得る 15。一方、デリバティブ取引ではカレント・エクスポージャーがこれに相当するが、ポジションを再構築するまでの間に市場が変動する可能性を加味する「潜在的エクスポージャー(ポテンシャル・フューチャー・エクスポージャー)」を加えた管理も行われている。

 第3段階の「リスク」は、取引相手の信用度もしくはその将来変動を加味して、損失の期待値もしくは最大予想損失額を計算したものである。これは、「信用リスクの定量化」として最近わが国の金融機関でも実用化へ向けた検討が進められている16。概念的には、エクスポージャーに相手先の現時点における、あるいは将来の変動をも勘案した倒産確率を乗じることにより求められるが、その算出方法や算出に必要な要素である倒産確率の把握の仕方が大きな研究課題となっているのが実情である。算出方法のバリエーションとしては、「現時点における」倒産確率を用いる静的なアプローチのほか、倒産確率の変動や市場環境の変化による、時間的なリスク量の変化を把握しようとする動的なアプローチが存在する。また、担保状況を踏まえた回収率を加味するなど、正確性を求める上ではさらに実用化までに幾つかのステップが残されているのが実情である。

  1. 14 ここでは、取引先の信用度、またその将来の変動の可能性は勘案していない。
  2. 15 より正確に把握しようとすれば、住宅ローンのような期限前返済の可能性や担保価値変動を加味することが必要となる。
  3. 16 信用リスクの定量化は、欧米系金融機関ではすでに内部管理ベースで実用化しているケースもあることが知られているが、邦銀でもその重要性が認識されるようになった背景としては、(1)不良債権問題を通じて、与信審査要件として信用リスクを重視するようになったこと、(2)大企業において資金調達面で直接金融へのシフトがみられる中、相対的に信用リスクの高い中堅・中小企業向け与信への取組みを強化する傾向が強まっていること、(3)こうした中、貸出についてもリスク対比でみた収益性を重視する先がみられること、(4)リスク管理強化の観点から、マーケット・リスクと合わせポートフォリオ全体のリスクを総合的に把握する必要性を検討する先がみられること、等が挙げられる。
信用リスクに関するディスクロージャーのイメージ

 以上のような概念整理を踏まえ、信用リスクのディスクロージャーについて、(1)リスク量に関する開示、および(2)リスク管理に関する開示の方法を、将来具体化していく上での参考に供するための例示を行う17

  1. 17 リスク量の把握については、マーケット・リスクの測定におけるVaRのような定量的指標はないが、ここではこれが算出されているものと仮定してイメージ図を示す。提示された図は全て例示であり、実際には金融機関自身が、信用リスクの測定・リスク管理についての検討を進める中で、そのディスクロージャー手法についてもそれぞれの経営方針に則って考えていくことが期待されるものである。
(1)リスク量に関する開示例

 信用リスク量の評価に当たっては、同リスクの1要素である倒産確率を日々測定することは容易ではないこと、また取引によってはリスクを負う対価としての収益や貸倒損失が日次ベースで把握される性格のものではないことから、期末値あるいは期中平均の形で把握・開示することが考えられる。また、リスク対比でみた収益性に関する情報としては、期中のリスクとリターンを直接比較して時系列化したり18(図表9)、リスクとリターンを、基準市場金利に対するスプレッド(リスクプレミアムと運用スプレッド)の形で比較する方法(図表10)などが考えられる。

  1. 18 ただし、信用リスクの対価としてのリターンを、マーケット・リスクの対価によるリターンから区別して計測することは難しいという限界がある。
(2)リスク管理に関する開示例

 リスク管理方法を開示する手法としては、取引種類別や対象地域別、内部格付別の元本・エクスポージャー等を表示することが考えられ(図表11)、これによりリスクの分散・集中の状況を捉えることが可能となる。また、より詳細な情報として、ネッティング契約が存在する場合のネット・ベースのエクスポージャー、さらに担保によるカバー分控除後のエクスポージャーを同時に開示することで、信用リスク管理に関する情報を提供することが可能になると思われる(図表12)。この例示では、ネッティングと担保によりエクスポージャーがかなり圧縮されており、実質的なリスク量がかなり小さいということが判る。

 また、与信に対する審査能力に関する情報を開示するという観点からは、内部格付別に、累積倒産確率の予測値と実績を比較するという方法もあり得る(図表13)。この例では、高格付の与信では事前に予測した倒産確率と実際に倒産した先の割合が接近しており、審査が妥当であった一方、低格付先では予測値に対し実績値がかなり大きかったということが示されている。

(3)その他の情報の開示例

 マーケット・リスク同様、信用リスクでもストレス・テストという概念の適用が考えられる(図表14)。マーケット・リスクでは市場環境の急激な変化がストレスとして想定されたが、信用リスクの変動をもたらすストレスとしては、政情不安によるカントリー・リスクの顕現化(いわゆるイベント・リスク)や、経済環境の激変による特定業種の景況悪化による倒産の増加などが想定される。

邦銀・欧米金融機関による信用リスクのディスクロージャーの現状

 信用リスクの開示については、現状では先進的な欧米金融機関でも、倒産確率をも勘案して定量化したリスク指標を用いた開示を行っている先はみられない。もっとも、エクスポージャー・ベースで取引種類別や地域、内部格付別の分布を開示している先は多く、またデリバティブ取引に関するネッティング契約や担保によるリスク削減効果、内部シミュレーションに基づくポテンシャル・フューチャー・エクスポージャーを開示している先もみられるなど、信用リスク量とリスク管理パフォーマンス双方に関するディスクロージャーが一部ではあるが行われるようになっている。

 これに対し、邦銀では、大手行において信用リスク定量化に向けた体制整備等、今後のリスク管理方針についての定性的説明はみられるが、リスクの定量的な情報開示については、オンバランスの貸出金の業種別内訳や、デリバティブ取引について、商品別のカレント・エクスポージャーが開示されるに止まっている。

おわりに

 わが国の金融システムにとっては、ここ数年は不良債権問題の克服が最優先課題となってきたが、今後は「効率的で安定した新たな金融システム」の構築へ向けてさらに歩を進めていく必要がある。その際に基本となるべきことは、「市場機能の最大限の活用」ということである。現在金融の分野では、デリバティブ取引のような新しい金融サービスが急速な勢いで発達しているが、こうした流れを生み出しているのは市場での競争を通じた技術革新の力にほかならない。「効率性」の面で新しい金融システムに期待されているのは、このような市場メカニズムを通じて高度化された金融機能が十分に発揮されることである。また、「安定性」という観点からは、「市場のチェック・メカニズム」が有効に働けば、早めに金融機関経営の見直しが図られ、リスクが積み上がるようなことは未然に回避されるはずである。ディスクロージャーは、こうした市場のチェック・メカニズムの発揮を促し、ひいては金融システムの安定を確保していくためのひとつの有力な手段と考えられる。

 わが国においても、金融機関のディスクロージャーは着実に拡充されてきているが、金融市場における絶え間のない技術革新と、これに対するためのリスク管理システムの高度化に合わせて、ディスクロージャーの手法についても絶えず改善を図っていくことが求められよう。そうした努力こそが個々の金融機関にとっては国際金融市場における競争力の源泉となるとともに、金融システム全体にとっては、市場に内在し、市場とともに進化していくべき「チェック・メカニズム」の強化につながっていくものと考えられる。

以上