1997年度の金融および経済の動向(要旨)
1998年 6月 5日
日本銀行調査統計局・企画室
日本銀行から
以下には、(要旨)を掲載しています。全文は、こちら (haku97.pdf 907KB / haku97.lzh 732KB[MS-Word, MS-Exccel]) から入手できます。
97年度のわが国経済を振り返ってみると、景気は、4月以降、それまでの回復傾向から一転して減速局面入りし、その後、期を逐って停滞色を強める展開となった。
これを最終需要面からみると、まず実質輸出は、欧米を中心とする堅調な海外景気や為替円安を背景に増加する一方、実質輸入は、横這い圏内で推移した。この結果、純輸出は総じて増加基調を辿り、経済活動を下支えしてきたが、最近は、アジア経済の調整を背景とした同地域向け輸出の減少から、増勢が頭打ちとなっている。一方、公共投資は、国・自治体の緊縮的な予算の下で、均してみれば減少傾向を辿った。民間設備投資は、年度前半、製造業を中心に緩やかながら増勢を維持したものの、年度後半は、企業収益の悪化などを背景に頭打ち傾向を強めた。個人消費や住宅投資は、4月以降、消費税率引き上げ前の駆け込み需要の反動を主因に落ち込み、その後夏場頃までは緩やかながらも持ち直しに向かう動きもみられたが、昨秋以降、家計心理の悪化などを背景に、低迷の度を強めた。
以上のような最終需要の下で、昨年春以降、まず建設財、耐久消費財など最終需要財の在庫が積み上がり、これが秋以降生産財にも波及する形で、在庫調整の動きが広がっていった。その結果、生産は、10~12月、1~3月と、2四半期連続して減少した。また、企業収益は、これまで堅調を維持してきた製造業・大企業を含め、年度後半は急速に悪化し、97年度は減益に転じた。こうした中、日本銀行「企業短期経済観測調査」(以下短観という)などでみる企業マインドも、特に年度後半、急速かつ広範に悪化した。雇用面では、製造業や建設業を中心に新規求人数が減少に転じ、非自発的離職者数の増加などに伴って失業率が既往最高水準で推移するなど、労働需給の悪化がみられた。賃金も、生産の減少や企業収益の悪化を反映して、所定外労働時間や特別給与を中心に伸びを低めた。
このように、96年度の景気回復を支えた生産、所得、支出を巡る前向きの循環が、97年度入り後は減衰し、景気は全体として停滞色を強めていった。最終需要面からみた場合、この循環にブレーキをかける主な要因となったのは、家計支出の低迷である。家計支出については、消費税率引き上げ前の駆け込み需要とその後の反動減がかなりの規模で発生した後、夏場にかけて一旦は持ち直しの兆しがみられたが、秋口以降再び減少した。家計支出低迷の背景の一つとして、消費税率の引き上げや特別減税の廃止等による実質可処分所得の減少が挙げられるが、過去、家計の所得面での制約が強まる局面では、所得に占める支出の割合すなわち消費性向が上昇することによって、支出の伸びが維持されるメカニズムがしばしば働いた。これに対し、今回は、家計の支出態度が極めて慎重化し、これに伴う最終需要の低迷が、企業部門における過剰在庫の発生とその調整を通じて、家計の雇用・所得環境をさらに厳しくした。家計のマインド慎重化の背景について、これを定量的に明らかにすることは困難であるが、大型の金融機関の破綻が相次ぐ中で、将来の雇用・所得環境に対する不安が高まったり、財政赤字や年金制度改革に関する議論が活発化する中で、将来の家計負担に対する不確実性が強まった可能性などが考えられる。
家計支出の低迷は、国内最終需要の伸び悩みや在庫調整に伴う収益の悪化を通じて、企業マインドや設備投資にも影響を与えた。バブル崩壊以前、内需が一時的に停滞する局面においては、(特に製造業の場合)企業サイドの輸出態度の積極化が内需の低迷を補ったり、(特に非製造業の場合)金融緩和に伴うキャッシュ・フローの改善や金融機関の貸出態度の積極化が企業の資金繰りや設備投資を下支えしたりした。しかし、今回は、97年秋以降、ASEAN諸国や韓国を中心にアジア経済の変調がみられたことや、株価の低迷や信用リスクに対する警戒感の高まりなどによって、金融機関の貸出態度が慎重化したことなどが、企業の経営環境を厳しくした。
さらに、96年度以来の景気の自律回復力に弾みがつかないまま、財政面からの制約の強まりや家計の支出態度の慎重化を契機に経済が停滞色を強めた基本的な背景として、様々な構造調整圧力がなお根強く存在していることが挙げられる。いわゆるメガ・コンペティションに直面する中で、製造業・大企業の支出・投資態度は引き続き選別的である。また、非製造業は、バブル崩壊に伴うバランス・シートの調整圧力に加え、規制緩和などが進む中で、製造業に比べ遅れている生産性の改善を迫られている事情がある。こうした中、産業構造の転換という観点から現状をみると、生産性の伸びを高めつつ雇用等を吸収するリーディング産業が見あたらない一方で、雇用面での調整圧力をさらに高めつつある業種が存在するなど、そのプロセスはまだ途上にあると言わざるを得ない。
次に、物価面をみると、消費税率引き上げ要因を除くと、97年度は総じて安定した動きとなったが、年度後半は、やや軟化傾向を辿った(以下、消費税率引き上げ分を控除したベースで記述する)。まず輸入物価は、原油価格や円相場の変動を反映して、96年中急上昇した後、97年前半は一転して下落した。その後は比較的落ち着いた動きとなったものの、97年末から、アジア経済の変調による国際商品市況の軟化を背景に、再び下落基調となった。国内卸売物価は、96年後半から97年前半にかけ一旦下げ止まりの様相を強めたが、夏場以降、国内最終需要の停滞と在庫の積み上がりに伴う素材関連市況の悪化、さらには輸入物価の下落を反映して、軟調に推移した。一方、企業向けサービス価格については、これまでの基調を受け継ぐ形で、97年度も下落率が緩やかに縮小し、このところ前年比ゼロ近傍で推移している。また、消費者物価(全国、除く生鮮食品)は、97年度前半は、海外からの安値品の流入一服による商品価格の下落幅縮小などから、上昇率が幾分拡大したが、年度後半には、国内卸売物価の下落を反映した商品価格の軟化から、上昇率が鈍化しており、最近では、97年9月実施の医療保険制度改革の影響を除いてみると、前年比はほぼゼロまで低下している。
物価を巡る環境について、前回94~95年頃の物価下落局面と比較すると、当時は、アジア諸国の工業化と累積的な円高を背景に、製品類を中心に輸入ペネトレーション比率が急速に高まり、国内競合品の価格全般に強い下落圧力が加わった。これに対し、97年度後半の場合、アジア経済の変調が、国際商品市況の下落をもたらし、これに伴う輸入物価の下落が、国内卸売物価に対しては少なからぬ下落圧力として働いたものの、為替相場が、全体としてみれば、94~95年に比べかなりの円安水準となっていることもあり、輸入ペネトレーション比率の高まりはみられず、物価全般に対する下落圧力は、主に国内最終需要の低迷によってもたらされた。企業活動に及ぼす物価下落の影響についてみると、97年度後半における原油など素原材料の国際商品市況の下落は、最終財の輸入ペネトレーション比率上昇のケースと異なり、わが国企業にとってはむしろ交易条件の改善要因として作用した。もっとも、最終需要の低迷によって国内需給ギャップが拡大し、名目GDPも極めて低い伸びに止まる中で、ユニット・レーバー・コストや労働分配率の高まりから企業収益が圧迫される兆しがみられ、企業活動や雇用面での今後の影響に注視する必要が生じたといえる。
この間、地価についてみると、商業地地価は、96年度から97年度前半にかけて、収益性などの違いから、下げ止まる土地と下落を続ける土地の二極化を明確にしつつ、全体として下落率は着実に縮小をみた。また、住宅地地価は、ほぼ下げ止まりつつあった。しかし、97年度後半には、景気の低迷を反映して、商業地地価、住宅地地価のいずれも再び幾分軟化傾向を強めた。
一方、金融面の動きをみると、金融政策は緩和基調が維持されたが、金融システム面では、不良債権問題の処理が長引く中、11月には大手を含む金融機関の経営破綻が相次ぎ、株価が一段と下落するなど、金融システムに動揺が生じた。その結果、金融市場では、信用リスクや流動性リスクに対する懸念が高まり、一部の金利に上昇圧力がかかるなど、不安定な動きもみられたが、日本銀行の潤沢な資金供給、さらには30兆円にのぼる公的資金の導入を含む金融システム安定化策の具体化などから、年度末にかけては徐々に落ち着きを取り戻した。
各種市場金利の動きをみると、年度入り後暫くは、長期、短期ともに小幅上昇したが、夏場にかけては、景気に対する先行き不透明感の強まりなどから、低下した。11月に入り、大手の銀行や証券会社が破綻すると、信用リスクに対する市場の警戒感が一気に高まり、民間部門の調達金利(短期金融市場金利でいえば、CD、CP等の金利、長期金利でいえば、社債利回り)が、リスク・プレミアムの拡大を反映して上昇する一方、安全資産である国債の利回りは低下した。また、インターバンク市場における銀行間レート格差の拡大やいわゆるジャパン・プレミアムの発生という動きもみられた。以上のような市場金利の動きに対応するため、日本銀行は、新たな調節手段であるレポ・オペを含め、各種オペレーション手段を活用しつつ、潤沢な資金供給を行った。その結果、短期金融市場においては、無担保コールレート(オーバーナイト物、加重平均値)は、11月末には落ち着きを取り戻した。また、ターム物金利は、2月下旬以降低下し始めた。一方、長期国債金利は、足元の実体経済指標の弱さなどを背景に、3月下旬には1.5%割れと過去最低値を記録した。この間、株価(日経平均株価)は、景気に対する慎重な見方や先行き不透明感の強まりから、1月初にかけて大幅に下落し、1万4千円台半ばとなった。その後、公的資金の投入を含む金融システム安定化策の具体化などを背景に、振れを伴いつつも反発に転じ、3月末時点では、1万6千円台半ばとなった。
さらに、マネーサプライや貸出といった金融の量的指標についても、11月以降、企業や家計における信用リスクや流動性リスクに対する懸念の高まりを背景に、撹乱的な動きがみられた。代表的なマネーサプライ指標であるM2+CD(現金や預金)の伸び率は、秋口までは前年比3%近傍で安定的に推移したが、11月以降急速に高まり、98年2月には、約7年ぶりの5%台となった。これは、投信等M2+CD外の金融資産からの資金流入に加え、社債やCPの発行などを通じた大企業の手元資金積み上げの動きなどを反映したものである。その後、3月に入ると、M2+CDの伸び率は低下した。この間、民間金融機関については、早期是正措置制度の導入を控えて、リスク管理が一段と強化される方向にあったところへ、株価下落等による自己資本面からの制約が強まったことから、97年度下期において、貸出を含むリスク・アセットを削減する姿勢を強めた。結局、年度末にかけて、株価が幾分戻したことや、公的資金導入の動きがみられたことなどから、大規模な貸出削減は回避されたが、多額の貸出債権償却・流動化の動きもあって、3月以降、民間金融機関貸出残高はかなり減少している。
こうした下で、企業金融面では、優良大企業による資本市場調達の増加もあって、全体として企業の資金調達が急速に収縮することはなかったが、個別にみると企業間の資金偏在が強まった。特に、格付が低い企業や資本市場へのアクセスに乏しい中小企業の場合、景気の低迷による業況の悪化もあって、総じて資金繰りが窮屈化したとみられる。また、自己資本面の制約の強まりなどに伴う金融機関の貸出態度の慎重化は、企業マインドや投資・支出行動への影響を通じて、景気に対し下押し圧力となって働いたとみられる。このように、実体経済に対する金融面の影響が強まったことが、97年度経済の特徴の一つと言えよう。
1年前に発表した「96年度の金融および経済の動向」(日本銀行月報97年6月号)では、96年度に景気回復力が徐々に底固さを増したとしながらも、必ずしも民間部門におけるコンフィデンスが高まっているとは言い難いと指摘した。そのような下で、97年度には、フィスカル・ドラッグに加え、金融システム不安やアジア通貨・金融危機の発生など、様々なショックが日本経済に加わり、93年末以来の景気回復が途切れた。各種のアンケート調査などによれば、経済主体のコンフィデンスの回復という点について、現在は、むしろ厳しさが増していると言わざるを得ない。民間経済主体のコンフィデンスが回復しない背景には、金融機関の不良債権問題を始め、バブル崩壊の後遺症を未だに克服し切れていないという事情に加え、グローバルな規模での競争の激化や国内における少子化・高齢化の進展という日本経済が直面する大きな構造変化に対し、現行の経済社会システムでは十分に対応できないのではないかという不安ないし、今後の方向性が見えてこないことに伴う不確実性の高まりがあると思われる。
以上の点を踏まえ、今後わが国経済が持続的な成長経路に復するうえでの課題を考えると、まず、喫緊のものとして、需要の減少によるデフレ・スパイラルを回避することが挙げられる。この点、政府によって特別減税を含む大型の経済対策が打ち出されたところであり、今後、その速やかな実行と効果の顕現が期待される。
第2に、バブル崩壊に伴い発生した様々な問題の処理を一刻も早く終え、わが国金融システムの再構築と機能向上を図ることが求められる。97年度において、公的資金の活用を含む金融システム安定化策が具体化されたほか、今般の総合経済対策では、債権・不動産の流動化のための措置が盛り込まれるなど、不良債権処理のための制度的枠組みが一段と整備されつつある一方、98年4月の新外為法施行を嚆矢に、日本版ビッグ・バンが実施に移されつつある。こうした状況の下で、わが国金融機関は、できるだけ早期に不良債権問題の処理を終えるとともに、経営資源の再配分によって、企業や家計のニーズに適合した金融サービスを効率的に提供していくことが求められている。同時に、間接金融の効率化のみでなく、資本市場の活用によるリスク・キャピタルの供給拡大など、直接金融の機能を強化することによって、マクロ的な資金の最適配分を促す必要がある。そのためには、企業会計、情報開示、金融税制、決済システムなどの基盤整備を早急に進めていかなくてはならない。
第3に、規制改革や税制の見直しなどによって、経済構造改革を着実に推進することが必要である。各種経済規制の緩和・撤廃は、需要機会の創出や産業間、企業間での資源の移動を通じて、長い目でみれば、生産性の向上や成長率の高まりをもたらすものである。また、投資に対するリターンの向上や資本の適正配分に資する方向での税制の見直しは、経済全体にもプラスの効果が期待できる。同時に、資源の円滑な移動をサポートするために、例えば労働市場の流動化を促すように既存の制度の見直しを進めるなど、各種システムの再構築を図ることが求められる。一方で、公共部門の効率化を図るとともに、社会保障システム改革の方向について、できるだけ早期に国民的合意を形成することによって、家計の間で根強い将来負担に対する懸念を和らげることも必要である。
97年度の日本経済における様々な経験は、経済政策運営において、経済主体の期待形成に働きかけていくことや市場の信認を得ることの重要性を物語っている。このためには、以上のような点について実効ある施策を打ち出し、民間部門がその活力を十二分に発揮し得るような環境を早期に実現するとともに、政策の透明性向上や整合性の確保を通じて、先行きに対する不確実性を減らしていく不断の努力が求められているといえよう。
以上