離散観測データを用いた連続時間マルコフ連鎖の格付推移行列の推計について
2006年4月
稲村保成*1
全文は英語のみの公表です。
要旨
信用リスク管理に共通する課題として、投資適格の上位に属する債務者の場合にはデフォルトサンプルが十分に確保できないため、当該格付区分に属する債務者のデフォルト確率をどのように推計するか、という問題がある。近年、連続時間マルコフ連鎖の枠組みで格付推移行列をモデル化することで、こうした問題に対処するアプローチに注目が集まっている。同アプローチでは、上位格付から下位格付へのランクダウンを通じてデフォルトに至る可能性も考慮されるため、極めて僅かなデフォルト確率も捉えることができる。しかし、一般に、連続時間マルコフ連鎖では推移強度を計算するために非常に高頻度の格付推移データを必要とするため、格付の更新頻度が年1回あるいは半年に1回である銀行実務に適用することは難しい。こうしたアプローチの利用可能性を高めるには、離散データを前提にした推計手法を実務的な観点から分析することが必要と考えられる。
本稿は、こうした問題意識のもと、離散観測データから連続時間ベースの格付推移行列を推計する代表的な5つのメソッドとして、diagonal adjustment、weighted adjustment、quasi-optimization approach、expectation maximization algorithmおよびMarkov chain Monte Carlo (MCMC) estimationについて、少数標本下のモデル・パフォーマンスを検証した。モンテカルロ実験の結果、デフォルト率の推計値および様々な行列ノルムを比較した結果、MCMCが最も精度の高い推計結果をもたらすことが明らかとなった。また、実務的なインプリケーションを探るため、これら手法の相違が損失額分布に与えるインパクトを、投資適格銘柄で構成された仮想ポートフォリオについて試算したところ、僅かなデフォルト確率の差異にも関わらず、経済資本の水準に大きな相違が生じうることも判明した。
なお、通常のコーホート法を用いた離散時間ベースの格付推移行列と、本稿で検証したMCMCに基づく連続時間ベースの格付推移行列を用いて、本邦の格付推移データ(1991〜2000年)からデフォルト確率をそれぞれ推計したところ、前者の方法では、投資適格のトリプルAおよびダブルAに関するデフォルト確率が全てゼロとなる一方、後者では、トリプルAで0.000061%、ダブルAで0.00176%というデフォルト確率の推定値が得られた。
キーワード :
デフォルト確率、LDP問題、マルコフ連鎖、無限小生成行列
- *1日本銀行金融機構局
e-mail: yasunari.inamura@boj.or.jp
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