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ITと生産性に関する日米比較:マクロ・ミクロ両面からの計量分析

2010年1月
元橋一之 *1

要旨

本稿においては、ITと生産性の関係について、日米比較を行いながら、マクロとミクロの両面から計量分析を行った結果を紹介した。まず、マクロレベルの分析によると、2000年以降の全要素生産性の伸び率は日本が0.57%、米国が0.76%となっている。経済成長率がそれぞれ1.45%、2.79%なので成長率と比較して生産性の伸び率について大きな差はないことが分かった。両国の経済成長率の違いは主に労働投入と非IT資本の寄与度によるもので、IT資本の寄与度についても大きな違いは見られない。ただし、米国においては90年代後半におけるIT資本の寄与度が日本の倍以上となっており、2000年代はこのITバブルの反動減の影響があることが考えられる。従って、90年代後半以降を均して考えれば、日本におけるIT資本寄与度は米国よりもやや小さいといえる。

次にマクロの生産性動向をITセクターとそれ以外のセクターに分けて、それぞれについて詳細に見た。ITセクターのイノベーションと生産性について考える際に重要なのは、ムーアの法則にみられる半導体集積回路の微細化の進展である。日本のITセクターにおける2000年以降の生産性寄与度は0.25%であるが、このうち0.04%は半導体の技術革新によるものであることが分かった。また、半導体は自動車や家電などのITセクター以外でも用いられている汎用技術なので、これらの非ITセクターにおける生産性寄与度は0.09%、合計でマクロレベルの数字である0.57%のうち0.13%の生産性押し上げ効果がある。また、ITセクターにおける2000年以降の日米の生産性寄与度はそれぞれ0.25%と0.32%である。この0.07%の違いは主にソフトウェアセクターの生産性伸び率の違いに起因している。その背景には日本においてパッケージソフトの導入が進んでいないことが影響していると考えられる。

IT以外のセクターの日米の生産性寄与度をみると、それぞれ0.32%、0.44%もここでも米国が日本を上回る結果となった。ここではITの利活用と生産性の関係について把握することが重要となるが、両者の因果関係を特定するために企業レベルデータを用いた分析結果を紹介した。ITの生産性に対する影響度を日米で比較した結果によると、日本企業は、米国企業と比べてITと経営の融合度が低いこと、専任のCIOを置いている企業の割合が小さいこと、情報系システムに対する投資が遅れていることなどが明らかになっている。生産性との分析結果を見るとこれらの違いが日本企業においてITの経営効果が小さいことの原因になっていると考えられ、IT経営に対する取組を充実させる必要性を示唆している。

本稿は、東京大学金融教育研究センター・日本銀行調査統計局による第三回コンファレンス「2000年代のわが国生産性動向 — 計測・背景・含意 —」(2009年11月26、27日開催)において報告した論文を加筆修正したものである。討論者である峰滝和典氏(関西大学)をはじめ多くの参加者から貴重なコメントを頂いた。また、本研究は経済産業研究所における「IT と生産性に関する実証研究」の成果を取りまとめたものである。ここに感謝の意を表したい。なお、本稿における有うべき誤りは筆者の責任に帰するものであり、また本稿の内容は筆者の個人的な見解を示すものであり、筆者の属する組織あるいは日本銀行によるものではないことに留意されたい。

  1. *1東京大学工学系研究科 E-mail : motohashi@tmi.t.u-tokyo.ac.jp

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