エッセイ / "おかね"を語る
あっこ的楽しい節約生活
松本明子(タレント)
私の両親は昭和一ケタ生まれ。父方の祖父は陸軍大佐、母方は丸亀藩家老の家系で、ともに厳格な家庭で育った両親は贅沢をせず、私に対するお金の教育も厳しかった。5、6歳の頃から「欲しい物があれば説明し請求書を、お金を受け取ったら領収書を提出する」よう言われて。当時は堅苦しかったけど、今思えば本当に必要なものか考えさせる教育だったのでしょう。
絵・江口修平
そんな私が、「親の敷いたレールに乗って生きるのは嫌だ、松田聖子ちゃんみたいになりたい」と、アイドル歌手を夢見て香川県から上京したのは、15歳。『スター誕生!』で合格したときは本当にうれしかった! でも、デビューしたのに仕事がないから、堀越高校芸能コース初(?)の「皆勤賞」をもらっちゃって。1年後輩のヒデちゃん(中山秀征さん)らがスターになるのを横目に見ながら、私は事務所の寮で1日1000円の節約生活。寮が取り壊される直前まで住み続けたのは私と寮の飼い犬のロンだけでした。
転機が訪れたのは、20代。『ものまね王座決定戦』や『進め!電波少年』などへの出演をきっかけに仕事が増え「元祖バラドル」と呼ばれるように。それでも、親から「家賃は収入の3分の1に抑え、毎月定額を積み立てる」よう言われ、節約生活を続けました。
30代で結婚、出産してからは、家庭菜園でゴーヤを育てたり、紅茶のティーバッグを掃除に再利用したりして、節約を楽しむことにしました。洋服は衝動買いせず、お義母さんに借りたり、息子のおさがりのジャージを部屋着にしたり。家族や友人との大切な時間には決してお金を惜しまず、メリハリをつけながら……。
そんな中、25年間も空き家のままだった香川の実家を処分することに。50代で直面した「実家じまい」は本当に大変でした。リフォームや維持費などで1800万円もかけた実家の売却額は600万円。同じ思いを息子にさせないため、処分に悩むような高価な物は買わず、「足るを知る」の精神で暮らしていきたいです。
今年4月、還暦を迎えました。30年前、『電波少年』で長嶋茂雄さんに「赤いちゃんちゃんこ」をお渡しした時のことを思い出します。「ありがとうね、真っ赤なレッドのベストですね」と満面の笑みで羽織る長嶋さん。「はじめての還暦を迎えまして……」と喜ばれて。
コロナ禍をきっかけに始めた軽キャンピングカーのレンタル事業は、冬の稼働率が低く利益は出ませんが、お客さまの笑顔や感謝の言葉がうれしくて、私の元気の原動力になっています。これからも楽しく節約生活を続け、今の自分の幸せに感謝しながら、2回目の還暦を目指します。
