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【インタビュー】江戸東京博物館館長・建築家・建築史家 藤森照信氏
(広報誌「にちぎん」No.86 2026年夏号)

インタビュー / 扉を開く
建築の探究者が魅せる未来への架け橋

藤森照信(江戸東京博物館館長・建築家・建築史家)

建築史家として近現代日本建築の研究で名をはせた後に、45歳で建築家デビューした藤森照信さん。高木の上の茶室や、屋根から樹木が伸びる建物など、自然素材を大胆に用いた作品の数々は、建築目当ての来客が途絶えないほど人々を魅了しています。現在は江戸東京博物館の館長を務める藤森さんに、これまでの歩み、さらに、リニューアルしたばかりの同博物館について、幅広く語っていただきました。

取材・文 谷 隆一
写真 野瀬勝一

この記事の扉ページの画像。正面を見て柔らかく微笑む藤森照信氏のバストアップ写真

大工仕事への興味から建築史研究の道へ

  • どんなきっかけで建築を志すようになったのでしょうか。

    藤森 小学校2年生の時に江戸時代に建てられたかやぶきの民家の建て替えがあったのですが、その時に来た棟梁が私の家に泊まり込んでいて、私をよく使うわけです。例えば、大量に出る「かんなくず」を片付ける仕事や、木材に「ほぞ穴」を掘るために、鉄の道具でぐるぐる丸い穴を開けて、その小さな穴に水を差す仕事とか。何で水を差すのかと聞くと、木が軟らかくなって刻みやすくなるからだ、と。遊びたいのに手伝わされるのが嫌だったんですが、1年もやっていると、面白い仕事だなと思うようになって。建築をやろうかなと思ったのは、その時の体験が一番大きいんじゃないかと。

  • 大学院では建築史を専攻されていますよね。

    藤森 最初はデザインをやろうと思って東北大学の建築学科に進学したのですが、大学で初めて設計と施工が完全に分かれていることを知り、何か面白くないなと感じたんです。それで、東京大学の大学院で日本建築の歴史を学ぶことにしました。

    そこで師事した村松貞次郎先生は、技術をとても大事にした人で、コンクリートや鉄骨、れんがなどの技術を研究していました。大工道具の研究も初めてやった人なんです。名工といわれる大工さんのところへ行って、刃物の焼き入れの方法などを教えてもらう。あまり机に向かって勉強をした記憶もないのですが、門前の小僧のように、研究室にいるだけで何となく建築史の基礎的な素養が身に付きました。

  • その後、大学で研究を続け、教職に就かれました。後進の育成で心がけてきたことはありますか。

    藤森 「実際にいろいろな建物をたくさん見なさい」ということですね。建築の専門家として、どこが良くてどこが悪いのか、ちゃんと言語化するようにと教えてきました。

  • 日本の建築にはどんな特徴があるのでしょうか。

    藤森 建築も住宅とビルでは相当性格が違います。日本の住宅の玄関は、内開きの欧米と異なり外開きの扉が一般的で、玄関で靴を脱ぐ造りになっています。その家から一歩出ると、そこは意識的な世界で、日本人も会社とかホテルでは平気で靴を履いています。だけど家へ帰ると必ず脱ぐ。そこがポイントで、「家」という器はほかの場所と相当違うということです。論証せずに結論だけ言うと、おそらく人間の「無意識」をれている器じゃないか。人間の無意識は長い歴史や文化に根差していて、基本的に変わらないことをどこかで求めている。それで日本人は、家の中で靴を脱ぐのだと思います。

  • 確かに日本人は、お風呂にも湯船につかる習慣があって、独特ですよね。

    藤森 そうですね。あとテラスとか庭がある場合、日本は必ず水平に引いて戸を開けるんです。欧米は基本ドアですから、ガラガラとは開かない。そういう無意識的なことを許しているのが住宅です。靴を脱ぐとかそういうものは、世界でまねをする国はありませんが、ずっと続けていってほしいと思っています。

自然素材を生かした建築が多くの共感を呼ぶ

  • 45歳で初めて建築家としてデビューされました。ご自身にとって建築とはどのようなものなのでしょうか。

    藤森 建築の面白さというのは、一つの特定の場所に特定のものを造ることにあります。現代でも量産というものが利かず、どの建築も少しずつでも違っている。外観、構造、平面、設備、仕上げ──と、全部その都度個別に考えないといけない。

    特に私の場合は、自然の素材、木などをよく使うのですけど、基本的には山に木を切りに入るところからやります。山で木を選び、切り倒す。何か、狩りをしているような感じがしますね。どーんと倒れた後、足を木に置いて記念写真を撮りたくなるような感じです。あの感じは、現代の一般の製造業ではまず味わえないところだと思います。

  • たかすぎ(注1)ではクリの木を使っていますが、そういう建築を思い描いて設計案を作るのが楽しいということですか。

    藤森 結構大変ですよ、案ができるまでは。夜に案ができて、そのときはすごく良いと思うんですね。でも、早いものだと翌朝には、こんなのは嫌だと感じる。1週間ぐらいしてからこれは駄目だと思うこともあります。

    だけど、そういうことを何度か繰り返して、これだったらやってもいいなと思えるものができたときの喜びは大きいですね。

    • (注1)高過庵 / 2本のクリの木を土台に、6メートルの高所に設置した、3畳余の広さの茶室。2004年竣工。藤森氏の実家の畑に建てられており非公開。なお、同所には半分が土に埋まった竪穴式の茶室「低過庵」、4本のワイヤーで地上約3.5メートルの高さにつられた茶室「空飛ぶ泥舟」もある。
  • 特に思い出に残る建物は何ですか。

    藤森 やっぱり私の生まれ育った村のじんちょうかんもりや史料館(注2)です。あれは、諏訪大社の神官の家の史料が文化財になるから、ちゃんと保管しなくてはいけないということで造ったものです。設計は初めてのことで、一番印象に残っていますね。

    • (注2)神長官守矢史料館 / 長野県茅野市で1991年に開館した史料館。諏訪神社上社の神官を勤めてきた守矢家の守矢文書を保管・公開する。里山の光景に溶け込むデザインで、外壁には土や割り板など、自然素材が用いられている。
  • どうして自分でやってみようと思われたのですか。

    藤森 守矢家の信仰というのは、ほとんど縄文時代みたいな血なまぐさいものなんです。シカ肉の脳みそあえとか、イノシシの皮を焼いて食べる。元旦の朝の神様へのお供えは、守矢家のご当主が手作りの弓でった2匹のカエルです。

    私は神社とはそういうものだと思っていたのですが、大学に入ってから、それがだいぶ不思議な信仰だと気付きました。となると、この土地の歴史や風土を理解した者でなければ、ここにふさわしい建築は造れない。生まれ育った村に伝わる信仰を表現するには、自分でやるしかないと思ってやりました。

ラ コリーナ近江八幡の写真

ラ コリーナ近江八幡 ©M.S.

  • 藤森さんの建築には、自然との共生というか、ふだん都会ではなかなか出会えない、日本の原風景への郷愁のような、何か心動かされるものがあるように思うのですが。最近では、高い集客力を誇る施設も手掛けられています。

    藤森 私が設計を始めた頃は、村に伝わる信仰を表現するということで、最初のイメージは、とりでを造るような感じでした。子どもの頃、男の子はよく陣地を造って遊んでいたんですが、敵が攻めてきたらこっちから石を投げるような。男の子の遊びの発想の建物なので、まさか普通の人が興味を持つとは思っていなかった。さらにいえば、なぜか砦のような私の建築に興味を持ってくれるのは、女性が多いんです。「ラ コリーナ近江八幡」(注3)も、屋根の上に草を植えて、てっぺんに木が生えている建物で、まさかあんなに人が来るとは思いませんでした。

    • (注3)ラ コリーナ近江八幡 / 和洋菓子メーカー「たねや」グループの施設で、本社屋、メインショップなど4棟を藤森氏が設計した(2016年竣工、一部は15年竣工)。屋根全面は高麗芝で覆われ、一部の屋根には松が植えられている。
  • 藤森さんが手掛けた建築が多くの共感を呼んでいるのは、なぜだと思われますか。

    藤森 やっぱり時代が変わったのかなと思います。建築界も、私が始めた頃は、自然の素材とか植物を建築に取り込むことに、あまり興味を持っていなかった。日本は恵まれていて木をたくさん使うことができますが、そもそも世界で木造建築を造っていい国は少ないんです。欧米では北欧とアルプスの周辺、カナダの辺り。でも、ありがたいことに日本は今でも木造をやれる。そういった特殊な条件だけれども、恵まれた条件の中で、日本人が元来自然への関心が強いこともあって、私の造るものがだんだんと評価されてきているのかなと思います。

歴史的建築の保存・復原が都市をよみがえらせる

  • 明治時代の建築を保存、復原していくことについてどのように思われますか。

    藤森 日本は、戦後の再建の中で、とにかく現代化しようとやってきた。それがやっと落ち着いて、ちゃんと歴史的な奥行きを持った都市にしようと変わってきたんだと思います。大事な場所とか光景はちゃんと保存しないと、記憶喪失の都市になってしまう。それはまずい。古いものが残っているということが人間に与える影響は、先ほどの無意識のレベルの話で、なかなか意識されないのですが、大事なことだと思います。

    東京駅が復原された時に、ライトアップの日に行ったら、周りの現代のビルが東京駅へ向かって拍手をしているように感じたんです。東京駅と皇居、真ん中を通る190メートルのぎょうこう通り、日本のシンボルというか玄関がようやく戻ったという感じでうれしかったですね。

  • 日本橋をかつての景観に戻すため、首都高速道路を地下化する事業が始まっています。

    藤森 日本橋は高速道路を取っただけで相当変わると思いますよ。日本橋川の水を中心にした、東京では珍しい場所になっていく。日本橋の隣、日本銀行のたもとにあるときわ橋を渡ったところの先が大手門です。江戸城内郭の正門である大手門へは、外郭の正門であった常盤橋門から行くのが江戸時代の正式なルートなので、常磐橋周辺の整備がもうちょっと進めば、さらに良くなると思います。

  • 日銀本店本館を設計した辰野金吾について研究されています。

    藤森 日銀本店本館は、ジョージアン様式という、東京駅のビクトリアン様式より一時代前のデザインです。設計の頑丈さから辰野金吾は同級生から「辰野堅固」というあだ名まで付けられてからかわれたようです。しかし、産業革命をちゃんと日本で起こしてやっていくという日本の近代が立つ位置を見定めた建築で、中央銀行の建物の様式としてとても合っていると思います。

    辰野金吾の功績は、近代の建築界というものをつくり上げたことです。それまでの日本は大工さんの世界で、設計した人が施工までしていたのですが、そこに、設計だけをする建築家という職能を根付かせました。

  • 辰野がこれだけ成功できたのはなぜでしょう。

    藤森 渋沢栄一がパトロンでしたから。初期の仕事は全部、渋沢筋ですよ。渋沢は日本の資本主義の父と言われていて、大量の会社をつくるわけです。お金をかけていい建物はだいたい辰野にやらせています。

  • 渋沢栄一が1万円札の肖像になりました。

    藤森 とっくに肖像になっていたのかと思っていました。そもそも日本に銀行というもの、金融制度を作り上げた人ですから、すばらしいことだと思います。

  • かつて日本橋かぶとちょうの辺りには、渋沢が設立した第一国立銀行の本店もありましたが、辰野が設計した渋沢の自宅も立派な建物だったそうですね。

    藤森 ベネチア風で造るという、おそらく辰野と渋沢の両方の意向だと思いますね。昔のベネチアが自由貿易の商業都市として繁栄したことは世界的に知られていて、水映りのいい建物として、14~15世紀にベネチアン・ゴシック様式が生まれた。それで、日本橋川の水辺にベネチア風の渋沢邸を造った。世界でも近代になってベネチアン・ゴシックなんていうことをやった人は、辰野だけかもしれません。

「えどはく」リニューアル 日本の文化・歴史を知る入り口に

  • 江戸東京博物館が今春リニューアルオープンしました。その狙いやポイントなどを教えてください。

    藤森 設備と外装に相当な傷みがあったので改修したのですが、もっと華やかに変えようということで、建築家の重松象平氏が監修した空間デザインを採用し、大型映像の投影により没入感を高めています。

    1階西側からのアプローチに鳥居をモチーフとした工作物を設置し、常設展示室内では現代と江戸の空を再現する映像を投影するなど、来館者の鑑賞体験を高める演出を施しました。また、3階の「江戸東京ひろば」では、天井部分を巨大なキャンバスに見立てて収蔵品等を活用した映像を天井面と柱面に投影して行き交う人々を楽しませます。

  • 常設展示室内に設置している芝居小屋の「中村座」も内部に入れるようになったんですね。

    藤森 来館者から寄せられた声に応え、仕様を見直しました。ほかにも、大型模型「朝野新聞社」を、史実に基づき「服部時計店」へと改修しました。銀座の服部時計店の以前の建物を正確に実物大で再現していて、相当な迫力です。

  • 浅草からも近く、インバウンドの集客も期待できます。これから江戸や東京の文化をどのように世界に発信していくのでしょうか。

    藤森 日本が独特の歴史や文化を持った国だということはみんな認識しているのですが、その中身をどこで学べるのかは知らないんですよ。「えどはく」は歴史を通して展示していますから、最初に知識を得る場所として利用してもらえればいいと思います。

    また、来館者の3割が学校団体なので、日本人に向けては文化の継承をちゃんとやっていきたいと思っています。

  • リニューアル記念の特別展も楽しみです。

    藤森 江戸の調度、衣服など、よりすぐりを展示した『大江戸礼賛』に続いて、6月から『洋館 明治の夢と挑戦』を開催しています。開業時の日銀(旧開拓使物産うりさばきじょ)の図面も展示します。建築は実物を持ってこれないですけれども、全国、さらに欧州からも資料を借りてきましたので、華やかで充実した、リニューアルオープンにふさわしいものになっています。

  • 本日は、ありがとうございました。

(聞き手 / 情報サービス局長・村國 聡)

東京都江戸東京博物館(えどはく)
江戸東京の歴史と文化を振り返り、未来の都市と生活を考える場として1993年に開館。地下2階・地上7階に、江戸時代の市民文化や関東大震災、高度成長期の東京などを多彩に展示する。今年3月31日、約4年に及ぶ大規模改修工事を終え、リニューアルオープンした。愛称「えどはく」。入館料は一般800円、65歳以上400円、大学生・専門学校生480円、高校生300円、中学生以下は無料。住所は東京都墨田区横網1丁目4番1号。

  • 東京都江戸東京博物館の外観写真

  • 服部時計店の大型模型の写真

    再現された明治期の服部時計店(写真提供:江戸東京博物館)