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【講演】日米の経済関係:互いに何を学ぶことができるか

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在米国日本大使館広報文化センター(JICC)における講演の邦訳

日本銀行総裁 白川 方明
2012年4月19日

目次

1. はじめに

今年は東京市からワシントンに桜が贈られて100周年を迎えた記念すべき年であるが、その記念行事の一環として、在米国日本大使館広報文化センター(JICC)で話す機会を頂いたことを大変光栄に思う。残念ながらポトマック河畔の桜を楽しむにはワシントン訪問のタイミングは遅過ぎたが、私にとってのなぐさめは大好きなハナミズキ——米国からの返礼として東京市に贈られた樹であり、その原木は今なお東京都立園芸高校で綺麗に咲いているが——を楽しむことである(図表1)。

この桜とハナミズキの交換のエピソードは、日米間の深い絆を示す事例の一つに過ぎない。セントラルバンカーの立場からみると、日米二国間の経済関係は、紛れもなく、世界経済の繁栄にとっての土台である。二国間の関係が常にそうであるように、日米両国の関係にも、これまで浮き沈みがあった。我々が、グローバルな金融危機から徐々に抜け出し、世界的な経済システムの維持・強化を図ることによって、全ての人々の繁栄を確固たるものにするという決意を新たにしている中、日米の経済関係に特に焦点を当てつつ、日本経済に関する私の見方を示すことは、意義があると感じている。

2. 日本経済に関する若干の事実

本論に入る前に、まず、日米経済の相互依存関係や日本経済に関する若干の基礎的事実に関する復習から話を始めたい。

現在の日米経済の相互依存関係

第1に確認したい事実は、現在の日米経済の相互依存関係である。米国はGDPでみて世界第1位、日本は第3位と、両国で世界のGDPの約3割を占める大国同士であるが(図表2)、幾つかの経済データをみただけでも、日本と米国は経済的にも密接な関係を有しており、現在も重要なパートナーであることが容易に確認できる(図表3)。例えば、貿易面では、日本の輸出に占める米国向けのシェアは15%と中国向けの19%に次いで第2位であり、また、最大の中国向け輸出についても、中国での製造過程を経て米国に輸出されているものが多いとみられる。一方、米国からみると、輸出に占める日本向けのシェアは5%と、NAFTA諸国以外では中国に次いで第2位となっている。米国アップル社が販売するiPhoneでも、3割強が日本メーカーの部品であり、両国の産業は極めて密接に連関している(図表4)。

投資面についてみると(図表5)、日本の対外直接投資残高に占める米国向けのシェアは30%、対内直接投資に占める米国からの投資シェアは34%と、いずれも最大である。米国側からみると、対内直接投資に占める日本からの投資シェアは11%と、英国の20%に次いで第2位となっている。また、証券投資についてみても、国別の米国債保有について、日本は0.9兆ドル、ウェイトは20%と、中国の1.2兆ドル、26%に次いでいる。

バブル崩壊後の日本経済

第2に確認したい事実は、現在の日本経済の姿である。成長率については残念ながら、目覚ましい数字ではない(図表6)。最近では、「失われた10年」といった否定的な文脈で語られることも多い。もっとも、GDP成長率は低下傾向にあるとはいえ、過去約10年の一人当たりGDP成長率はG7諸国の平均並みである。生産年齢人口、すなわち、15歳から64歳までの人口一人当たりGDP成長率でみると、G7諸国の中では最も高いという事実は、日本人を含め、意外に知られていない。もちろん、日本は他国と同様、多くの難しい課題を抱えていることは間違いない。実際、過去四半世紀の間に、バブルやバブルの崩壊、金融危機、デフレ、高齢化と人口減少、東日本大震災と、新たな問題に次々に直面してきた。ただ、こうした問題のすべてとは言わないが、2000年代半ば以降の事態が示すように、他の先進国も日本の後を追うように、同じような問題を経験するに至っている。海外先進国と日本に多少の違いがあるとすれば、日本は他の先進国に先駆けてこうした問題に直面し、教科書がない中で、自力で問題解決に取り組まなければならなかったことである。その意味で、日本はフロントランナーの苦しさを経験してきたと言えるが、今回のグローバル金融危機において日本の金融機関は相対的に頑健であったことに示されるように、最近では、その分、経験を活かした対応ができたという面もあるように思う。

日本経済の長期的推移

第3に確認したい事実は、より長期的なタイム・スパンの中での日本経済の発展の姿である(図表7)。日本の開国はフィルモア大統領の国書を携えたペリー提督が大艦隊を率いて江戸沖に来航した160年前のことである。それ以来、日本は短期間に急速な経済発展を遂げ、非欧米諸国の中では最初の工業国となった。統計の利用可能な1870年時点では、実質GDPは日本は米国の26%、一人当たりGDPは米国の30%の水準であった(図表8)。ワシントンに桜が贈られた100年前もそうした日米比率には大きな変化はなかった。その後、これらの比率は徐々に上昇したが、それでも第二次世界大戦前のピークで、一人当たりGDPは44%の水準であった。日本経済は第二次世界大戦によって一旦壊滅的な影響を受けたが、その後、懸命の復興努力により急速な高度成長を遂げた。日本の高度成長は1950年代の半ばに始まり、1970年代初頭にかけて終わった。この15年間の成長率は9.7%という高成長であった(図表9)。

第2次世界大戦後の日本の高度成長を可能にした要因を巡っては様々な議論があり、時間制約の関係ですべてを語ることは出来ないが、ここでは3点を挙げたい。第1は有利な人口動態である。総人口が増加するとともに、生産年齢人口比率も上昇し、いわゆる「人口ボーナス」を享受したことである。第2は、日本が市場経済モデルを採用したことである。発展のポテンシャルを秘めていた経済は他にも存在していたが、中国を含め新興国が市場経済モデルを本格的に採用したのは1990年代以降のことであった。そうした状況の中で、日本は自由貿易体制の利益を享受した。そして、自由貿易体制という点で戦後世界をリードしたのは米国であった。第3は、冷戦体制の下での比較的安定した世界経済は、企業や社会において培われた長期的関係を重視する日本の経営モデルと親和性が高かったことである。

高度成長期が終わった後も、日本は他の先進国に比べて相対的に高い成長を享受した。その結果、日米の経済規模の差は縮小し、バブル期のピークである1990年前後には、実質GDP比率は40%を、一人当たり実質GDP比率は80%を上回った(前出図表8)。このような経済規模の差の縮小を背景に、日米間では貿易面を中心に経済摩擦が高まっていった。1970年代の繊維摩擦、1980年代の自動車や半導体はその典型である。このような状況の下、日本は自主的な輸出規制を行った。因みに、ドルの名目為替レートが過去半世紀において最もドル高水準であったのは1985年のことであり、自国通貨が上昇する時に貿易摩擦が起こるのは普遍的な現象のように思われる(図表10)。

3. 先行きの米国経済:日本の経験の含意

以上、私がやや長い時間を使って日本経済に関する事実を説明したのには理由がある。と言うのも、米国の友人からしばしば受ける質問から判断すると、このような歴史的事実は、今後の米国経済を考える上で参考になるかもしれないと思うからである。しばしば受ける第1の質問は、当面の政策運営との関係であるが、「米国は日本の『失われた10年』の経験を繰り返すか」というものである。第2の質問は、より長期的な問題意識に基づくものであるが、「中国経済の高度成長は今後どの程度続くのか」というものである。この質問は、かつての日本の高度成長の経験から、米国経済にとってきわめて重要な現在の中国経済に対するインプリケーションを引き出したいという問題意識に基づくものと思う。

米国は日本の「失われた10年」の経験を繰り返すか?

まず第1の質問から始めたい。米国では、グローバルな金融危機が起こる前は、仮にバブルが存在し、そのバブルが崩壊しても、積極的なマクロ経済政策を直ちに展開することによって、日本が陥ったような経済の大きな落ち込みは回避できるという見方がエコノミストの間では支配的であった。そうした判断の影響もあってか、2009年以降、景気回復の兆候が観察される都度、楽観論が台頭し、その後それが悲観論に変わるという事態が何度か繰り返された。

データを確認すると、米国で住宅価格が下落に転じた2006年以降、6年間の実質GDP成長率は平均0.9%の低成長であり、実質GDPの水準は2006年の103%の水準に止まっている。因みに、1980年代後半に起きた日本の大規模なバブルの場合、不動産価格がピークを付けた後の6年間の成長率は平均2.1%、実質GDPは1990年の107%の水準である。この数字が示すように、バブル崩壊の爪痕は米国と同じように日本も大きい。不動産価格の推移も日米間には類似性が観察される(図表11)。一旦バブルが崩壊すると、債務が膨らみ支出を増加させた経済主体は債務を正常な水準まで圧縮する必要があり、その間は、そうしたバランスシート調整による経済への下押し圧力がかかり続けるということである。

一方で、日米の間には、重要な点で多くの違いも存在する。

第1の違いは、問題の大きさを規定するバブルの規模をみると、米国は日本に比べると小さかったように見えることである。バブル期に発生した不動産と金融資産のキャピタル・ゲインの規模を比較すると、日本は名目GDPの4.6倍であるのに対し、米国は3.1倍と、日本の方が大きかった(図表12)。キャピタル・ロスについても同じことが言える。バブルの規模が相対的に小さい分だけ、バランスシート調整の負担も小さくなる。

第2の違いは、不良債権の処理スピードである(図表13)。これは日米の資金調達構造の違いを多分に反映している。米国における問題の発端は家計のサブプライムのモーゲージ借入の増加であったが、銀行は証券化商品という市場性資金調達手段を通じて、直接、間接に家計のモーゲージ借入の増加をファイナンスした。このように、銀行は市場性資金調達手段に依存していたため、時価評価を通じた損失の認識から、市場のプレッシャーに晒され、公的当局も否応なしに、公的資本の早期注入を迫られた。これに対し、日本は銀行借入中心の資金調達であり、その銀行も資本市場調達への依存度が低かったため、不良債権の早期処理を促す強力なプレッシャーがなかなか働かなかった。

第3の違いは、国内投資家による損失負担の大小である。米国の場合、キャピタル・ロスの負担、すなわち、バランスシート調整のコストは、海外の投資家も相応に負担しており、全てを国内投資家だけで負担したわけではなかった。これはバブル期において、海外の投資家がサブプライム・ローンを組み込んだ複雑な証券化商品への投資を増加させた事実に対応している(図表14)。これに対し、日本の場合、増加した債務は主として国内金融機関からの借り入れであり、従って、バランスシートの調整も基本的に国内金融機関が負担することになった。

第4の違いは、人口動態である。日本は急速な人口高齢化の問題に直面し、生産年齢人口は1995年をピークに減少に転じている(図表15)。これに対し、米国の生産年齢人口の増加率は低下傾向にあるとはいえ、現在も0.8%の水準である。もっとも、米国の経済成長率の鈍化を反映して、米国へのネット移民数も鈍化していることには注意する必要があるかもしれない。

第5の違いは、米国の場合、旺盛な企業家精神、伸縮的な労働・資本市場、研究・開発面での主導的地位等に示されるように、経済の柔軟性が高いことである。ただし、この点についても、バブル崩壊後、企業の開業率や労働のモビリティーの低下した状況が続いていることには注意する必要があるかもしれない。

第6の違いは、日米を取り巻くグローバルな経済環境である。日本のバランスシートの調整が完了したのは2000年代初頭であるが、これには米国や新興国経済の高い成長というグローバルな経済環境の好転に助けられた側面も大きい。これに対し、今回の場合、グローバルな経済環境は厳しい。日本のバブルは基本的に一国に生じたバブルであったのに対し、今回起きたことはグローバルな信用バブルであった。現在、欧州債務問題が米国を含め世界経済に大きな影響を与えているが、欧州の金融機関が米国の金融商品への投資を増やしたことに示されるように、米国の住宅バブルと欧州の過剰債務は独立の現象ではない。そのように考えると、バランスシートの調整にはもう少し時間がかかるかもしれない。

なお、日米の違いという点では、過剰債務を負ったのは、日本は企業、米国は家計という違いが指摘されることもある。しかし、バランスシート修復という観点からみた場合、従来の景気回復の牽引役は、日本の場合は企業、米国の場合は家計という差はあるものの、景気回復を牽引する部門のバランスシートが鍵を握るという意味で、日米に大きな違いはない。

以上、日米の違いを分析してきたが、総じて日本に比べて米国の方がバランスシートの調整を早期に完了する可能性が高いことを示唆しているように見えるし、そうなることを願っている。いずれにせよ、結局のところ、バブル崩壊後の経済の姿を規定する最も重要な要因は時代の変化に即した新しい成長モデルを構築できる能力ではないかと思っている。日本の場合は、バブル崩壊と時期を同じくして起きた、ソ連解体など計画経済の崩壊に伴う経済のグローバル化や情報通信革命にうまく適合できなかったことの影響が大きい。現在世界レベルで起きている変化は、新興国の急速な台頭や高齢化の進行である。こうした変化の系として言えることは、前者については資源価格の上昇であり、後者については財政悪化である。日本はこの新しい成長モデルの構築という点で苦しんできたが、幾つかの強みも有している。第1に、日本は何よりも世界の成長センターであるアジア地域にある。第2に、日本はエネルギー価格の上昇に対応するために必要な高い技術力を有している。第3に、高齢化の問題に世界に先駆けて直面しているだけに、現在、多くの日本企業はシニア層の市場に焦点を合わせたビジネスモデルの開発に真剣に取り組んでいる。日本の中央銀行の総裁として、こうした強みが発揮されることによって、日本経済の新しい成長モデルが作り上げられていくことを願っている。

日本の高度成長の経験からみた中国経済

次に、第2の質問である中国経済の高度成長の持続性に関する話題に移りたい1。過去の経済史が示すように、二国間の経済規模の差が次第に縮小してくると、何らかの摩擦現象が起きやすい。1980年代後半に頂点に達した日米経済摩擦はその典型例である。先ほど1950年代半ばから始まった日本の高度成長期の15年間の成長率が9.7%であると述べたが、中国の高度成長は1990年代初頭から始まり、今日までの約20年間の平均成長率は10.2%である(図表16)。この成長率は日本の高度成長期の成長率とほぼ同じである。違いは中国の高度成長はより長く続いていることである。しかし、どの国も永久に高度成長を続けることは出来ない。従って、少し長いタイム・スパンで考えた場合、意味のある質問は、高度成長が続くかどうかではなく、どのようにすれば、高度成長から安定成長への移行を円滑に成し遂げることができるかというものである。しかし、この課題の達成は決して容易ではない。この難しい課題に関しては、中国の友人から日本の経験に基づく助言を求められることも多い。その際、私はいつも次の3点を言うようにしている。

第1は、「自己満足に陥るな」というものである。高成長、特に高成長と低インフレが長く続くと、経済の好パフォーマンスから、人々はどうしても自信過剰に陥りやすくなる。バブルの発生原因は複雑であるが、1つの原因は、経済主体の自己満足や自信過剰による過剰なリスク・テイキングである。

第2は、「人口動態の変化に備えよ」というものである。非現役世代1人に対して、何人の働き手が経済に存在しているかを示す指標である「逆従属人口比率」は、不動産市場の動向と相関している(図表17)。これは、バブルをもたらす要因として、人口動態の変化にも注意を払う必要があることを示唆している。

第3は、「金融自由化後の金融機関の行動変化に注意せよ」というものである。主要国のバブルは、直接的には金融機関の融資姿勢の積極化により生じているが、多くの場合、金融自由化に伴う競争激化により収益率が低下する中で生じている。金融自由化自体は必要なことであるが、適切な規制・監督と組み合わせて進められなければならない。

以上3つの助言が、「中国経済の高度成長は今後どの程度続くのか」という米国の友人の質問に対する答えではないことは承知しているが、中国がいずれかの時点で迎える高度成長から安定成長への移行が円滑なものとなることを願っている。

4. 日本経済の現状と先行き

最後に、日本経済の現状と先行きについて話したい。

東日本大震災からの復旧、復興

まず日本経済の現状であるが、この点については、昨年3月11日に発生した東日本大震災という悲惨な出来事の影響を抜きに語ることはできない。地震、津波、そして原子力発電所の事故が重なり、日本経済は大きな打撃を受けた2。その際に米国政府および米国民から多くの支援や励ましを受けた。震災直後の米軍の「トモダチ作戦」によって被災地の仙台空港は被災後約1か月で復旧した(図表18)。そうした米国の支援や励ましに、日本国民は心より感謝している。東日本大震災発生からの約1年間を振り返りながら、私が抱いた感想を4点述べてみたい。

第1は、日本の企業の「現場力」の強さである。震災直後に生じた工場や営業用設備の毀損、サプライ・チェーンの寸断といった問題は、関係者の努力と工夫により、当初の予想よりもはるかに短い時間で克服された。このことは、日本の企業の「現場力」といったものの強さを改めて感じさせるものであった。

第2は、復興の地域差である。被災地の経済をみると、被害が大きかった地域においては、経済活動再開の動きがみられ始めているとはいえ、本格的な復興が進むには至っていない。一方、その他の被災地では、震災復旧関連投資や、震災後に一旦大幅に落ち込んだ消費の増加など、着実に持ち直す動きもみられる。

第3は、震災の経験を活かした新しい取組みが芽生えていることである。例えば、BCP(事業継続計画)を再検討したり、サプライ・チェーンの再構築を図るといった、リスク管理体制の見直しと、それに基づくビジネスの見直しが進んでいる。また、電力供給について不確実性が残っているなか、「創エネ」「省エネ」「蓄エネ」といった、エネルギーを巡る様々な技術革新や新たなビジネスモデルの構築も推進されつつある。こうした前向きな動きは新しい需要の創出につながり、ひいては、日本経済の中長期的な成長力を高めていくものと期待される。

第4は、金融システムの安定性が維持され続けたことである。東日本大震災による大きなショックに見舞われた際にも、金融機能は維持され、資金決済の円滑も確保された。日本の資金決済と国債決済の根幹を成す決済システムである日銀ネットは、地震発生後も障害を起こすことなく、正常に稼動した。福島第一原発から約40マイルの距離にある日本銀行福島支店も通常通り営業した。金融市場も震災直後を除けば、欧州債務問題にも関わらず、安定して推移しており、資金市場のリスク・スプレッドに示されるように、主要国市場の中では日本の金融市場が最も安定していた。

日本経済の先行き見通し

次に、東日本大震災からの復旧、復興という話を離れて、日本経済の現状と先行き見通しについて話したい。

日本経済は東日本大震災に伴う急激な落ち込みから、昨年夏場にかけて急速に回復したが、その後、秋口からは欧州債務問題に伴う世界経済の減速や円高の進行などから横ばい圏内の動きとなった。ごく足許では、持ち直しに向けた動きがみられている。日本銀行としては新興国・資源国に牽引されるかたちで海外経済の成長率が再び高まり、また、震災復興関連の需要が徐々に強まっていくにつれて、次第に横ばい圏内の動きを脱し、緩やかな回復経路に復していくと判断している。こうした見通しの妥当性は、以下の2つの重要なポイントに依存している。

第1のポイントは世界経済の動向である。この点での明るい動きは、欧州債務問題に関するテイル・リスクが後退したことを背景に、欧州経済の減速に歯止めがかかってきていることである。米国経済についてもバランスシート調整の完了にはなお時間がかかるとみられるが、個人消費や雇用を中心に、徐々に改善の方向に向かっている。新興国についても、インフレ率が足もと幾分落ち着いてきたことは実質購買力の増加や金融緩和余地の拡大を通じて、景気にプラスに作用する。

第2のポイントは復興需要である。政府の復興関連予算は約19兆円と、名目GDP比4%の水準であり、被災地域のGDPと比較すると、実に60%にも上る高い水準である。この巨額の復興予算が向こう5年間にわたって支出される予定である。既に被災地の労働需給は建設関連を中心にタイト化しているが、今後、予算の執行が次第に本格化していくことから、国内経済活動の押上げにも寄与していくと考えられる。

このような状況下、金融政策運営であるが、日本銀行は当面、消費者物価の前年比上昇率1%を目指して、それが見通せるようになるまで、実質的なゼロ金利政策と金融資産の買入れ等の措置により、強力に金融緩和を推進していく方針である(図表19)。現在、日本銀行やFRB等、先進国の中央銀行が採用している金融政策は「非伝統的政策」と呼ばれている。買い入れている資産の種類や買入れ規模の巨額さをみると、正に「非伝統的政策」であるが、そうした政策が効果を発揮するメカニズム自体は決して「非伝統的」なものではなく、極めて「伝統的」なものである。バーナンキ議長が述べているように、現在の米国の金融資産の大規模な買入れの目的は長期金利水準の引き下げである。そうした目的との関係で日本銀行の政策を評価すると、日本の金融環境は極めて緩和的である(図表20)。例えば、期間5年の社債金利をみると、日本は0.5%、米国は1.4%である。住宅ローン金利をみると、日本は2.2%、米国は3.9%である。以上は名目金利であるが、エコノミストの重視する長期の予想インフレ率を差し引いた企業や家計の実質長期金利でみても、米国と同様に低水準で推移してきている。

現在、日本が直面している最も大きな挑戦の1つは、潜在成長率の低下傾向に歯止めをかけることである。潜在成長率の低下には幾つかの要因が作用しているが、大きな要因の1つは、先進国では過去に例を見ないスピードで進行している高齢化という人口動態の変化への対応である。高齢化は様々な経路を通じて潜在成長率を引き下げる要因であるが、問題は高齢化自体にあるというより、高齢化への対応の遅れである。この対応の遅れは、現在問題となっている日本の財政状況の悪化の大きな原因の1つになっている。将来の財政負担を巡る不確実性の高まりは現役世代の支出抑制につながっている。いずれにせよ、潜在成長率の緩やかな低下は将来所得の予想を引き下げ、支出を減少させることを通じて、緩やかなデフレの大きな原因となっている。日本銀行はデフレからの脱却のために強力な金融緩和を行っているが、デフレからの脱却にはそうした努力に加えて、成長力強化に向けた努力が不可欠である。

5. 最後に

時間がなくなってきたので、私の話を締めくくることとする。日米関係は、しばしば世界で最も重要な二国間関係の1つと言われる。こうした日米関係の重要性は、二国間の貿易量、あるいは安全保障面での共通の利益だけでは測れない。両国が互いに多くを学び合えるということも、両国関係の基礎を形づくる貴重な財産である。このことは、実験を行うことができない経済政策運営について特に当てはまる。もちろん、お互いに学びあえる最大のレッスンには不確かさが残る面はあるものの、本日、最近の情勢について申し上げてきたように、今後とも両者が学び合っていくことで、我々の理解は格段に深まっていくだろう。

ご清聴に感謝する。