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韓国の金融・企業改革について※1

2003年 5月 6日
赤間弘※2
野呂国央※3
多田博子※4

日本銀行から

  • ※1本稿における意見等は、全て筆者の個人的な見解によるものであり、日本銀行及び国際局の公式見解ではない。
  • ※2日本銀行国際局国際調査課<E-mail:hiroshi.akama@boj.or.jp>
  • ※3日本銀行国際局国際調査課<E-mail:kunihisa.noro@boj.or.jp>
  • ※4日本銀行国際局国際調査課<E-mail:hiroko.tada@boj.or.jp>

 以下には、(はじめに)と(要旨)を掲載しています。全文は、こちら (ron0305a.pdf 1,464KB) から入手できます。

はじめに

 韓国は、1997年に、財閥の相次ぐ破綻を背景に、国内金融不安と通貨危機に陥った。しかしながら、1998年2月に就任した金大中大統領の強力なリーダー・シップの下、迅速かつ大胆な構造改革が断行され、1999年以降、高成長に復している。本稿は、この5年間にわたる改革を振り返る1とともに、日本へのインプリケーションを探るものである。

  1. 韓国の金融改革、企業改革、労働市場改革の詳細については、日本銀行ホームページ掲載の国際局ワーキング・ペーパー・シリーズ「韓国の金融改革について —改革の概要と日本との比較—」(2002年10月)、「韓国の企業改革について —政府主導から市場主導の改革への移行—」(2003年3月)、「通貨危機発生以降における韓国の労働市場の動向 —急速な雇用調整と雇用回復のメカニズム—」(2002年12月)を、それぞれ参照されたい。

要旨

【通貨危機の発生と原因】

  1. 韓国では、1990年代入り後、財閥が、過剰な業容拡大と投資を加速させたため、企業債務が急増するとともに、経常収支が赤字に転じた。また、厳しい資本規制の下で、経常赤字のファイナンスを、国内金融機関による外国銀行からの短期借入に大きく依存したため、不安定な対外短期債務が累積した。こうした状況下、1997年入り後、中堅財閥が相次いで破綻し、国内金融機関の不良債権が急増すると、外国銀行が一斉に資金返済を迫ったため、外貨流動性危機に陥った。
  2. 韓国における通貨危機発生の原因は、企業統治(ガバナンス)の観点から捉えることができる。財閥の過剰投資・債務は、株主によるガバナンスの問題(所有と経営の未分離)のほか、債権者である金融機関のガバナンス(政府の銀行支配、財閥のノンバンク所有)に起因した。銀行は、「政経癒着」によって、財閥への安易な融資を維持していたほか、1990年代の金融自由化の下で、財閥のノンバンク所有が容認されたことが、過剰投資・債務に拍車を掛けた。

【金融改革】

  1. 政府は、危機的状況に対応し、GDP比30%に上る財政資金を投入(資本注入、不良債権買取、預金者保護)した。銀行に対しては、主に、公的資本注入を実施した一方、多くのノンバンクは、閉鎖して預金者を保護した。また、外資の積極活用を図った。
  2. 銀行への公的資本注入については、(1)経営陣退陣や減資を伴っている、(2)政府が、数値目標を課す形で経営に関与した、(3)国有株は、最終的に市中売却されるといった点が特徴である。政府は、株式売却により公的資金の回収を図るため、銀行の価値を高めようとするインセティブが働くこととなる(2002年以降、国有株の売却が本格化)。また、同時に、資産査定の厳格化も進められた。
  3. 不良債権の買取りについては、GDPの20%に上る債権を、時価で買取り、資産担保証券(ABS)、債権売却なども活用して処理している。政府が、大量の不良債権を集中的に買取って処理する手法は、(1)不良債権市場を形成し、銀行自身によるABS発行・債権売却を促したほか、(2)不良債権以外を原資産とするABS市場の急拡大にも繋がっている。
  4. 上記諸施策によって、銀行は、財務内容が大幅に改善したほか、危機前にみられた「政経癒着」が排除され、収益性重視の経営に移行している。この結果、銀行は、財閥向け貸出を削減する一方で、比較的収益性の高い、個人や中小企業(特に、内需関連サービス業)向け貸出を増加させており、労働市場の柔軟化政策と相俟って、財閥に偏重していた経済構造を変貌させてきている。

【企業改革】

  1. 政府は、企業改革にも直接的に関与した。財閥グループに対し、債務削減の数値目標を課したほか、中核企業の選定などを求めた。また、銀行に対し、再生不能企業と再生可能企業を選定させ、多くの企業を整理させた一方、私的枠組みによる企業再生を求めている。
  2. さらに、政府・企業・労働組合の協調路線を確立し、雇用削減を容易にしたことや、外資導入(資本勘定の自由化)を積極的に行なったことも、非中核企業の売却や自己資本の増強を促進した。この間、外資導入とともに、コーポレート・ガバナンスを強化する諸制度も導入されている。
  3. この結果、企業債務がGDP比で低下してきているほか、2002年の上場企業の収益が過去最高を計上するなど、財務面で大幅な改善がみられる。ただ、マクロ的にみた収益改善は、一部優良企業の収益好調によるところが大きく、未だ、過剰債務を抱え、収益不振な企業も多い。
  4. 現在、銀行や株式市場は、企業に対する選別姿勢を強めており、市場主導の企業改革が進みつつある。不振企業は、利払いや資金返済のために、非中核事業を売却するなどのリストラを迫られている。

【若干のインプリケーション】

  1. 韓国の構造改革の特徴としては、第一に、初期における政府の積極的関与と、改革の包括性(金融・企業・労働市場改革、資本勘定の自由化)が挙げられる。この際、危機の根本的な原因である企業・金融機関のガバナンスの是正が十分に意識された。第二点目は、諸改革の結果、経済の柔軟性が向上したことである。早期の金融仲介機能の回復、ABSを含む資本市場の整備・発達、労働市場の柔軟化、および外資流入によって、資源の再配分が順便になされ、改革のデフレ・インパクトが吸収されている。第三点目は、諸改革の順序の問題であるが、銀行システムの健全化(十分な資本と適正なガバナンス)が、企業改革に先行して短期集中的に行われた。これが、企業改革を持続させる基礎となっている。
  2. 韓国の経験は、日本の構造改革にとって、少なからず参考となるが、両国では異なる諸事情もある。第一に、政府の広範囲な関与については、韓国では、(1)IMF融資を必要とする深刻な危機発生が、政府の介入を正当化した、(2)健全財政が、多額の公的資金投入を可能にした、(3)大統領制の下で、迅速な対応が取り易い、といった事情があった。第二点目は、構造問題の複雑さに関してである。韓国では、(1)金融システムの不安定化を助長する追加的要因が少なかった(資産バブルがなく、銀行の株式保有が少ない)、(2)一部企業(財閥)への経済集中度が高かった、(3)雇用のミスマッチが比較的小さい(人口構成が若い、終身雇用制でない)という点で、日本に比べれば、複雑さの程度が低かった。第三点目は、景気と改革の両立の観点であるが、韓国では、(1)財政発動余地と高い輸出比率が景気を下支えしたほか、(2)経済成熟度の低さ(サービス化の余地)や潜在的な中小企業の成長力が、早期の銀行貸出回復と新規需要創出に繋がった面も大きい。