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利息上限規制の適用範囲のあり方(金融取引の多様化を巡る法律問題研究会の報告書(1))杉村和俊*、板谷優、別所昌樹(日本銀行)

Research LAB No.16-J-4, 2016年9月7日

キーワード:
利息上限規制、対価、アレンジメント・フィー

JEL分類番号:
D03、D18、E21、G02、K12、K22、K23

Contact
masaru.itatani@boj.or.jp(板谷優)

  • 現・財務省

要旨

利息の上限を規制する法令(利息上限規制)の規定をみると、「元本使用の対価」ということができる「利息」(実質的な意味での利息)以外にも、各種手数料など、多様なものが規制対象に含まれうる文言となっている。これは、規制の適用を免れるのを防止するうえでは有効なものと考えられるが、金融取引の当事者が規制の適用を免れることを意図せずに授受した金銭をも広く射程に含みうる点で、実務上、支障が生じうる。日本銀行金融研究所が事務局を務めた金融取引の多様化を巡る法律問題研究会の報告書(「金融規制の適用範囲のあり方」)では、利息上限規制に関する経済学の議論を参照し、規制の趣旨・目的を明らかにすることを通じて、あるべき解釈論と立法論の方向性を示している。

はじめに

わが国では利息制限法、出資法および貸金業法において、利息の上限が規制されている。その適用範囲は、規制を免れるのを防止する観点から、「利息」という名称を用いて当事者間で授受が合意された金銭を超えて、「みなし利息」にまで拡張されている。例えば、利息制限法3条は、「金銭を目的とする消費貸借に関し債権者の受ける元本以外の金銭は、礼金、割引金、手数料、調査料その他いかなる名義をもってするかを問わず、利息とみなす。ただし、契約の締結及び債務の弁済の費用は、この限りでない」と規定している。また、出資法5条の4第4項は、「金銭の貸付けを行う者がその貸付けに関し受ける金銭」は同項各号に掲げるものを除き、「礼金、手数料、調査料その他いかなる名義をもつてするかを問わず、利息とみなす」と規定している。

このように、利息上限規制の対象となる「みなし利息」については、条文上は、いわゆる「実質的な意味での利息」(元本使用の対価であり、貸付額と貸付期間に比例して支払われる金銭その他の代替物)以外にも、各種手数料など、多様なものが含まれうる文言となっている。こうした規定振りは、利息上限規制を免れるのを防止するうえでは有効なものと考えられるが、金融取引の当事者が利息上限規制を免れることを意図せずに授受した金銭をも、その文言上は広く射程に含みうる点で実務上、支障が生じうる。

とくに出資法については、違反に対する制裁として、最も峻厳な法的制裁である刑事罰が設けられていることから、新たな金融取引の開発や導入に対する委縮効果が大きいと考えられる。例えば、シンジケート・ローン取引におけるアレンジメント・フィーのように、融資実行前に受け取る手数料等については、それが利息上限規制の対象になるのかが明確でないことが指摘されており、そうした法的不確実性の低減に向けた議論が展開されてきた。

アレンジメント・フィー

シンジケート・ローン取引におけるアレンジメント・フィーは、アレンジメント業務の対価である。アレンジメント業務とは、資金ニーズの存する調達企業またはプロジェクト(投資案件)の存在を前提に、金融市場・資本市場から資金を調達し、様々な取引および仕組みを介して、調達企業に対するまたはプロジェクトに係る与信に結び付ける業務、または対象資産やプロジェクト自体の信用力ないし収益力の分析業務であるとされる。借入人とアレンジャーの間には、シンジケート団の組成に向けた一種の準委任契約が成立すると考えられている。

アレンジメント業務は、貸付けそのものとは別個独立した業務としての実体を備えているのが通常であるから、その対価としてアレンジメント・フィーを収受する場合には、利息上限規制の立法趣旨に反する危険性は存在しないと指摘されている。

こうした観点から、最近、アレンジメント・フィーと利息上限規制の関係については、利息上限規制の適用範囲は「元本使用の対価」としての「実質的な意味での利息」に限定されると解し、アレンジメント・フィーには利息上限規制は適用されないとする解釈も提示されている。

利息上限規制の目的

ところで、そもそも利息上限規制の趣旨・目的とは、どのようなものか。新古典派経済学の消費理論(ライフサイクル仮説、恒常所得仮説)によれば、消費者は、現在および将来の所得水準を考慮に入れて、現在と将来の消費水準を平準化するために、借入を行うと考えられる。そうだとすると、一部の消費者に対して信用へのアクセスを制限するような規制は、市場の効率性を害するとも評価されうる。

もっとも、行動経済学における最近の議論を参照すると、伝統的な経済学とは異なる説明が可能になるかもしれない。すなわち、行動経済学では、一部の消費者は「将来の大きな利益よりも目先の小さな利益を選ぶという選好(双曲割引(hyperbolic discounting)という。)」または非合理性に基づいて、過大な借入を行うおそれがあると考えられている。このとき、貸金業者は消費者の特定の選好(双曲割引)や非合理性に乗じて利益を上げようとするかもしれない。その場合、前述の一部の消費者は自発的な意思決定の結果として自らの厚生を損なうような借入を行い、後悔するおそれが生じると考えられている。このように考えると、公的介入の1つの形態として、利息上限規制の必要性が経済学的に示唆される可能性がありうる。すなわち、利息上限規制の導入によって、上限利率以下では借入を受けられない高リスクな一部の消費者を市場から排除しうる。このため、規制の導入によって社会的厚生が増加する限りにおいては、利息上限規制は有用でありうる。

このように、利息上限規制において保護されるべき借主としては、主として消費者の一部が想定されている。他方で、現行の利息上限規制は、借主がそのような保護されるべき者に該当するか否かという借主の属性を問題としないで、一律に適用されるものとなっている。

規制の射程

利息上限規制の適用の有無を巡る最近の解釈論においては、「元本使用の対価」としての「実質的な意味での利息」に含まれるか否かという点に着目した議論がされている。しかし、利息上限規制の趣旨・目的を踏まえると、こうして「対価」の性質に従って規制上の取扱いを区別するということの必然性は、窺われないように思われる。むしろ、仮に行動経済学における議論が示すように、利息上限規制の趣旨・目的は高リスクな一部の消費者を市場から排除することにあると考えるならば、貸付けに関し債権者が受ける金銭は、何の対価であるかという性質にかかわらず、幅広く規制対象に含めると解するほうが、より効率的に規制の趣旨・目的を達成しうるという観点からみれば、望ましいようにも思われる。

ただし、そもそも利息上限規制の適用範囲が、規制の趣旨・目的に比して広汎になっているとすれば、そのような規制のあり方自体が問題である。仮にそのような認識に立つならば、規制の必要性が乏しいと考えられる類型の取引については、弊害を生じないようにするために、立法的解決の方向性を探るべきではなかろうか。

1つの方向性としては、一定の事業者向けの取引、あるいは一定金額以上の取引について、規制の適用を除外するという方法がありうる。実際に、諸外国の利息上限規制では、そのような例がみられる。また、わが国においても「特定融資枠契約に関する法律」のように、一定の事業者向けの取引を利息上限規制の適用除外とする立法例があり、参考になると思われる。

この方向性の留意点は、規制を適用しない事業性融資とそれ以外、または大口融資とそれ以外をどのような基準で線引きをするかに困難が伴いうることである。また、例えば、かつて米国ニューヨーク州では、法人向けの貸付けを利息上限規制の対象外としたところ、個人向けの貸付けについて規制を免れるために、個人に法人を設立させるという行為が横行したとの報告もある。

別の方向性としては、取引類型に基づいて規制の適用除外を定めるという方法も考えられる。例えば、「特定融資枠契約に関する法律」は、取引の当事者のみならず、コミットメント・ライン契約の一部を「特定融資枠契約」と定義することによって、取引の内容についても限定を設ける形で、利息上限規制の適用除外を定めている。こうした形で、特定の取引を括り出すことができれば、それに関して適用除外を設けることが可能になると思われる。

この方向性の留意点は、現在想定されていないが今後登場しうる革新的な事業性取引に対する委縮効果を払拭しきれないことである。また、既に行われている取引類型に関して利息上限規制の適用除外規定を設ける場合には、当該類型を立法の中で適切に定義する必要があるが、ある取引がそのような定義に含まれるかどうかに関する法的不確実性を完全になくすことはできない可能性もある。

おわりに

利息上限規制の適用対象は、「実質的な意味での利息」以外にも多様な手数料等が含まれうる文言となっており、法的不確実性が生じている。規制の適用範囲が過度に広くなっているのだとすれば、規制の趣旨・目的の実現を損なわないように十分に配慮しつつも、規制の必要性が乏しいと考えられる類型の取引について、立法的解決の方向性を探るべきではなかろうか。

参考文献

日本銀行から

本稿の内容と意見は筆者ら個人に属するものであり、日本銀行の公式見解を示すものではありません。