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【エッセイ】女優 羽田美智子氏
(広報誌「にちぎん」No.84 2025年冬号)

エッセイ / "おかね"を語る
みっちゃんはハダジンの六代目

羽田美智子(女優)

私の実家は食品や日用品を扱うお店でした。店名は「羽田甚(はだじん)」。茨城県の水海道(みつかいどう)で宮大工をしていた高祖父・羽田甚蔵が慶応元年(1865)に掲げ、事業を変えながら継いできた屋号です。

私が幼い頃は、初代・甚蔵が建てた大黒柱の立派な日本家屋が店舗兼住宅。父が五代目・甚蔵で、母が店番を手伝っていました。玄関の引き戸は開けっ放しで、100円玉を握りしめた子どもたちが「くださいな」とやって来る。土間の板張りの式台に並ぶ駄菓子をどれにしようかと悩むのも楽しい時間。「みっちゃんは、お菓子が食べ放題でいいな」と友だちにうらやましがられたり。

そんな私に、母は「10円のチョコを売って、うちに入る利益は1円もない。作る人、運ぶ人、みんなで利益を分け合っているんだよ」って教えてくれて。1000円を稼ぐには、何箱も売らなきゃいけないんだと知ってからは、おねだりできない子になりました。

駄菓子を求める男の子と女の子に対して著者の母が値段は100円であることを告げる様子と、その様子を語る著者を描いたイラスト

絵・江口修平

母は本当に働きもの。家では親戚も含めて家族9人分の食事を手作りし、店では放課後に集団で来店する高校生のために、カップラーメン用のお湯を大量に沸かし、恋愛相談を受けたり、お風呂に入れたり、まるで家族のように接していました。

20歳から芸能界に入った私は、風邪をひいてもすぐ治るし、「無敵」と思えるほど体力に自信があったんですが、30代後半から体調を崩してしまって……。私が元気だったのは、母が作ってくれた手料理のおかげと気付いたんです!

実家の「羽田甚」は2015年に閉店しましたが、150年続いた屋号を途絶えさせるのが惜しく、私は2019年に「美」と「健康」をテーマにしたセレクトECショップ「羽田甚商店」を開店しました。食べたものの積み重ねで自分が構成されていると気付いたから、「食」には特にこだわっています。

最近バイヤーとして感じるのは、時代にそぐわないとか、後継者不足を理由に廃業してしまう生産者さんや職人さんが多いこと。このままでは、いいものが淘汰(とうた)されていく、今が踏ん張り時という危機感があります。ものづくりの豊かな日本を守っていくには、販売者も消費者も目覚めないといけない。おせっかいと言われても、全国の生産者さんや職人さんの思いを消費者に届けたい。その土地の本当にいいものを守るために何とかしたい。

そんな思いで各地に足を運ぶ「羽田甚六代目みっちゃん」は、毎晩「明日がこうなるといいな」と日記をつけ、朝起きたらラジオ体操をして、今日もポジティブな気持ちで「本当にいいもの」を探しに行ってきまーす。