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【地域の底力】島根県益田市
(広報誌「にちぎん」No.84 2025年冬号)

地域の底力
世代を超えた多様な人のつながりが地域への思いを培う

島根県益田市

島根県益田市では10年以上にわたり、子どもたちが大人と対話する「ひとづくり」を行政が進めてきた。
地域の大人もまた、子どもとのつながりを強めるべく行動し、まちの未来の担い手が育ち始めている。

取材・文 山内史子
写真 野瀬勝一

この記事の扉ページの画像。画像の内容の詳細は次のとおり

海の色に魅了される小浜(こはま)海岸をはじめ、島根県益田市は風光明媚(めいび)な自然景観に恵まれている。左の岩礁・宮ヶ島(みやがしま)に立つ衣毘須(えびす)神社は、干潮時のみ道ができて参拝が可能に。石見地方に多い石州瓦(せきしゅうがわら)の独特の赤褐色が、景色を鮮やかに彩る。

過疎のまちで進む未来の担い手作り

日本海に面した島根県益田市は、県西部の石見地域に位置する。山口県、広島県に隣接し、2004年の旧美都町(みとちょう)、旧匹見町(ひきみちょう)との合併で県内最大となった市域に4万3000人が暮らす。

  • 益田市の位置を示す地図

  • 都茂鉱山跡の写真。緑に囲まれた坑口が柵で塞がれている様子が見える

    都茂(つも)鉱山跡は881年に銅鉱が発見されてから、1987年の閉山まで1100年以上の長きにわたり操業が続いた。なお、坑内で発見された新鉱物BiTeは鉱山の名を取り、「都茂鉱」として知られる。
    (写真提供: 一般社団法人益田市観光協会)

中世、東アジア圏との交流で港湾都市として栄えた益田市には、当時の史跡や文化財などが今も残る。これらの魅力を紡いだストーリー「中世日本の傑作 益田を味わう ─ 地方の時代に輝き再び ─」は、2020年に文化庁より日本遺産として認定された。

  • 高津柿本神社の外観写真

    飛鳥時代の歌人・柿本人麻呂を祀(まつ)り、境内にはその像が立つ高津柿本神社。人麻呂の生涯には謎が多いが、益田で生まれ、都で名をはせた後に故郷で最期を迎えたと地元に伝わる。

  • 萬福寺の外観写真

    萬福寺は、中世にこの地を本拠としていた益田氏が創建した寺院。雪舟作庭とされる庭園と共に、往時の様式を現代に伝える。

益田市長の山本浩章氏の写真

サイクリングの振興を進める中、地元でも自転車に興味を持つ人が増えてきたと話す市長の山本浩章氏は、自らも自転車とウエアを購入。市役所自転車部のメンバーと共に、自然豊かなまちを走る楽しみを実感している。

市の最大の課題は、ほかの地方都市と同様に人口の減少だと市長の山本浩章氏は話す。中山間部の旧匹見町は、1960年代に豪雪の影響で急速な人口流出が生じ、「過疎」という言葉を生んだ地域でもある。

「1985年には6万人を数えていた人口が、急速なペースで減っています。それを何とか食い止めたいとの思いから、出産や子育てをサポートする各種補助金や健康寿命を延ばすためのデジタル活用の促進など、就任以来、さまざまな施策に取り組んできました」

県立の美術館と芸術劇場の複合施設として2005年に誕生した島根県芸術文化センター(愛称はグラントワ)は、益田のシンボル的な文化施設だ。特色のあるアート展や文化イベントを集客の柱に、県外も含めて多くの人を呼び寄せる。サイクリングによる観光振興も行われ、2012年から続く益田I・NA・KAライドのほか、全国大会を含む各種ロードレースが開催されている。

数々の施策の中で市が最も力を注ぐのは「ひとづくり」だ。

「益田にとって、未来の担い手、地域の担い手、産業の担い手が必要です。ここで生まれ育った子が地域に愛着を持ち、生き生きと活躍してほしい。未来を支える子どもたちの育成が最初に取り組むべき課題だと考えました」

就任3年後の2016年には行政、教育機関、民間の事業者や団体などが連携する、益田市ひとづくり協働構想を策定。子どもたちと地域の大人とをつなぐために、対話プラスや「益田版・職場体験」といった独自の取り組みが、ライフキャリア教育として重ねられてきた。

  • 島根県芸術文化センター グラントワの外観写真

    島根県芸術文化センター グラントワは、屋根と壁に約28万枚の石州瓦を使った建物そのものが、圧倒的な存在感を放つアートになっている。設計した建築家・内藤廣氏の縁で、氏がまちづくりに参画する東京渋谷との交流が始まっている。

  • 2体の益田糸操り人形の写真。一方は男性で鎧を纏い、もう一方は女性で和着物を着ている

    石見神楽の様子を撮影した写真

    グラントワでは、世界的な企画展を催すほか、地元で受け継がれてきた伝統芸能も紹介する。写真上は、喜阿弥地区に伝わり、島根県無形民俗文化財指定の「益田糸操り人形」。写真下は、2019年には日本遺産に認定された「石見神楽」。
    (写真提供: 一般社団法人益田市観光協会)

子どもたちの意識を変えた地域の大人との対話

そのプロジェクトをスタート時から先導してきたのが、当時、市教育委員会にいた大畑伸幸氏だ。小中学校の教員を経て、市教育委員会で長く社会教育に尽力。退職後にNPO法人おむすびを自ら立ち上げ、今も益田のひとづくりを強力に推し進める。

  • NPO法人おむすび理事長の大畑伸幸氏の写真

    「対話はスキル。質問を重ねることにより、相手が自分を理解しようとしてくれている、という思いが子どもたちの中に生まれるんです」と、NPO法人おむすび理事長の大畑伸幸氏は語る。

  • 生徒と大人が対話する様子を撮影した写真

    灯火祭の様子を撮影した写真。多数の竹灯籠の明かりが水面に映っている

    上/じっくりと時間をかけた対話を介して、信頼関係が紡がれていく。
    下/中学生のアイデアから生まれた灯火祭。地域の大人と共に作り上げる過程で、互いの距離が以前より近くなったという。
    (写真提供: NPO法人おむすび)

「益田市には大学がないため、高校卒業後は9割が地元を離れます。大学卒業後に帰ってくるのはわずか3割。その理由を突き詰めていく中で、家族や教師以外に気軽に話せる大人が身近にいないという声を子どもたちから聞いてショックを受けたんです。地元にロールモデルとなる大人が大勢いるのに、出会いがない。大人と子どもたちがつながり、そこに信頼関係が生まれれば、益田で暮らす素晴らしさに気付く種になるだろうと考えました」

子どもたちが家族や教師以外の大人とナナメの関係を持つという取り組みだが、大畑氏らはできるだけ小さな子どもの頃から、大人との対話を重ねることが重要だと考えたという。各地域の公民館が活用され、小学生は高校生、中学生は地域の大人、高校生は広く益田市内に住む大人と、一対一で時間をかけてじっくり対話する。現在の対話プラスにつながる取り組みが始まった。

「単なるおしゃべりではなく、本音で語り合う、丁寧な対話を重ねます。対話相手の大人は一般公募ですが、地元で商売をしている大人からサラリーマンまでいろいろです。子どもたちは多様な大人との出会いを通じて、地域の大人に対して憧れを持つようになりました。中学生を対象とした益田版・職場体験にも対話を取り入れました。なぜその仕事に就いたのか、何を誇りにしているのか、そうしたことを子どもに伝えてほしいと、受け入れ先の地元企業に事前研修までやってます。子どもたちにも何を学びたいのかを市役所の職員が面接してから訪問させますから、本気度が違います。そこまで作り込んでいくと、子どもたちの益田や地元企業への関心が強まっていることが、はっきりと分かります」

毎年秋には竹灯籠が宵を照らす「灯火祭(ともしびまつり)」が催される。中学生が発案して始まったというこのイベントは代替わりを経て今年で6年目を迎えたが、来場者は1000人以上を数える。

「対話を重ねていくと、そのうち子どもたちは自分で公民館を訪れ、やりたいことがあると言い始めました。その一つが、西益田地区の灯火祭です。こうした取り組みの積み重ねにより、最近では、中学生が、『自分にとって地域の大人は、最初に協力してくれる仲間』だと話すようになったんです。益田の子どもたちの意識は、確実に変わってきていると思います」

益田の魅力を発信し人々を惹(ひ)きつけるホテル

「このまちが好きだと、肯定的に捉える子どもが増えてきた実感はあります」

そう地域の変化を語るのは、益田駅近くに立つマスコスホテルを営む洪昌督(こうしょうとく)氏だ。

  • マスコス社長の洪昌督氏の写真

    「ホテルは衣食住が詰まった施設。全てにおいて気負わず気取らず、地元の能力を駆使しながら良質なものを打ち出したいと思っていました」と話す、マスコス社長の洪昌督氏。

  • レセプションを奥側にしてホテル内の様子を撮影した写真

    ホテルのレセプションから続く空間には、地元の職人の手による家具類や食器などが置かれている。

「かつての自分の記憶を振り返ると、クリエーティブな職業を目指していたものの、憧れるような大人に会ったことがなく、益田では人生は花開かないと否定的な感情を抱いていました」

高校卒業後は東京で映画関係の学校に通い、音楽活動を行うなど充実した生活を送っていたが、10年ほどで宿泊業などを営む家業を継ぐために益田に呼び戻された。戻ってからしばらくの間は、目の前の仕事に追われる毎日を過ごしていたが、クリエーティブな仕事への思いがくすぶっていたという。そんな時に、偶然、高校の級友に再会したことをきっかけに、デザイン会社を立ち上げた。

「あらたなクライアントが増えてまちの人とのつながりが広がり、自分にとって面白いと思える人、文化や芸術を大切に考える仲間が、この益田にもたくさんいることに気付いた。かつての僕が出会いたかった大人たちがこのまちにもいたんです」

2019年にはあらたなホテルを開業した。「クラフトホテル」をうたい、益田ならではのライフスタイルを提案する。空間デザインから器やファブリックの類いに至るまで、徹底して地場の企業や職人を探し出したという。

「益田にはいい職人がいて、木材をはじめとする豊かな資源もある。その力を集約したオンリーワンの施設、というのがホテルのコンセプトです」

ビジネス客や観光客の満足度が高いだけではなく、グラントワを訪れるアーティストの感覚にも響いて共感を得ているという。ホテルにはカフェや日帰り利用できる温泉も備え、宿泊客だけでなく地元の人の利用も増えてきた。

さらに洪氏は2025年から、ホテルのダイニングで、読書会、そして県内外の文化人やアーティストを招くトークイベントをスタートさせた。

「地元の人は、最初は遠巻きに眺めるだけでしたが、だんだんホテルを訪れ、イベントにも参加するようになりました」

ホテルはカルチャーの発信地であるとともに、内外の人々の集いの場としても機能し始めている。

復活した映画館もまたまちのコミュニティに

カルチャーの面では、2022年に誕生した映画館、小野沢シネマも興味深い存在だ。館長の和田浩章氏は、千葉県の出身で、映画館の支配人など東京で映画関連の仕事に携わった後、2021年に妻の更沙氏の実家がある益田へと移住した。

  • 小野沢シネマ館長の和田浩章氏と更沙氏のご夫妻の写真

    小野沢シネマ館長の和田浩章氏と更沙氏のご夫妻。2008年に映画館としての役割をいったん終えた空間は、スクリーンや座席などを含めてほぼそのままで再開できるほど、きれいな状態が保たれていたのが幸いだったという。

  • 小野沢シネマの入る施設の外観写真

    小野沢シネマの入る施設は、1981年にボウリング場やホテルなどを含む総合レジャービルとして完成し、若者が集う場として話題を集めた。

「妻は東京でも島根の地域づくりの講座に通い、僕も都会で子育てをする未来が想像できず、いつかは益田にと考えていました。そんな中、コロナ禍での行動制限が1年続いた頃、子どもたちの貴重な時間が奪われてしまう不条理な状況に怒りが湧いてきたと同時に、面白いことがしたくなりました。2008年に益田で最後の映画館が閉館しましたが、その施設がまだ残っていると見聞きしていたので、クラウドファンディングで資金を募って再開にこぎ着けました」

開館1年目はメジャーな作品の上映がかなわず、思いを込めて選んだ作品も受け入れられなかったという。ビラの手配りで認知度が高まり、映画会社と粘り強く交渉することで作品が充実し、次第に客足は伸びていった。

「映画館は初めてという子どもたちも多かったのですが、話題作や若い世代向けの作品をきっかけに映画に関心を持つ人が増えてきました。地域の皆さんの見たい映画を提供するのも大切ですが、一方で、館長としてぜひ見てもらいたい映画も少し混ぜたり……。受付にいる僕や妻に、感想を伝えに来る中高生がだんだん増えてきて、ときには私の思い込みを覆すような反応もあり、若者から刺激を受けています。今では上映作品を選ぶときに誰か彼かの顔が浮かぶようになり、東京では味わえなかったあらたな境地を楽しんでいます」

作品に関することに限らず高校生が日常の不満を語ったり、就職後の帰省時にわざわざ立ち寄る人がいたり。益田唯一の映画館は、まちのコミュニティに欠かせない存在になってきている。

「誰もが気軽に帰ってこれる、そんな映画館にしたいですね」と、和田氏は笑顔を見せた。

地産地消で地域の活性化を目指す

益田市内を中心に山口県、広島県を含めた24店舗を展開する老舗スーパー、キヌヤ社長の寺戸裕之氏が、地産地消について語る。

キヌヤ社長の寺戸裕之氏の写真

「輸送距離が短い分、CO2の排出が軽減されますので、SDGsの観点からも地産地消は大切なことだと思っています」と話す、キヌヤ社長の寺戸裕之氏。後ろの地のもんひろばには益田の特産品が並ぶ。

「県外資本の参入もある中、地域と連携して地産地消に力を注ぎたい。そんな思いで、2010年に生産者とのネットワークであるローカルブランド協力会を始めました。会員数は、当初92名でしたが、現在、約900名を数えます。各店舗には、生産者さんが新鮮な野菜を直接納品するコーナー『地のもんひろば』を設け、人気を集めています。数量、価格ともに生産者が自ら決定するルールです。量販店としてはなかなか難しい面もありますが、生産者が無理なく参加できるので、続けることができています」

協力会では地元企業と共に、牛乳、ワイン、餃子など、オリジナルのローカルブランド商品の開発も進め、今後はECサイトを介した地産外消も広げたいという。キヌヤが目指すのは、買い手、売り手、働き手、地域、そして社会の「五方よし」。そのために心がけているのは、コミュニケーションだと寺戸氏は話す。

「まちや生産者さんが元気を失えば、商いも衰退します。ですから協力会の皆さんとは日々のやり取りはもちろん、各層の情報交換会を開催して交流を深め、ご意見やご要望をしっかり伺うことで、地域活性化のお役に立ちたいと考えています。うちの強みは、地域密着で古くからのお客さまが多いんです。地元の味や物であったり、古くからの風習、そういったものを大切に思う方々が多いように思います。地元産品を子どもたちの世代に残すためにも、ローカルブランドを地道に育てていきたい、そう考えています」

Iターンの新規事業者もまちの未来を思う一員に

新規事業者の中では、東京からのIターンで2020年にビールの醸造所を立ち上げた、高津川リバービア社長、上床(うわとこ)絵理氏の活動が耳目を集める。福岡県出身の上床氏は東京で働く公務員だったが、2018年に開催された「都市交流を基礎とした高津川流域関係人口創出事業」に参加したことが益田との縁を結んだ。高津川は益田の誇る清流で、醸造所の社名に取り入れた。

  • 高津川リバービア社長の上床絵理の写真

    「益田では小規模な活動でもメディアが取り上げてくれるので、やりがいを覚えますね。都市圏にはない、地方ならではの魅力です」と話す、高津川リバービア社長の上床絵理氏。

  • 醸造所近くの角打ち内の様子を撮影した写真

    醸造所の近くに立ち、出来たてのビールを楽しめる角打ちは、かつて豆腐店が営まれていた昭和の建物を活用した。

「プロジェクトの終了後も益田の関係者との交流が続きました。もともとビールと宴席が好きで、いつかビール造りをしたいと触れ回っていたんですが、周囲の勧めもあって本当に話が進みだしたんです。準備を進める中で、地元のビジネスコンテストに応募し、大賞を受賞してしまいました。これで引っ込みがつかなくなったというか、弾みがつきました」

醸造所がスタートした後、カウンターや座敷でビールやつまみを味わえる、角打ちのスペースも作った。醸造の技術者に加え、地元出身の3名が働く。シャインマスカットをはじめ、原材料には地場の特産品を使用。地域と絆が深まるうちに生産者が自らのアイデアを持ち込むケースも増え、クロモジやイチゴといった10種類以上のテイストがそろう。

「私は新規事業者かつ県外からの移住者でしたが、地元経営者の勉強会に参加する機会もあり、力を貸してくれる方が多かったのがうれしかったですね。豊かな自然があり、食べ物や水はおいしい。このまちでずっと暮らしていきたいのですが、将来的に住む人が減っていけば、今の快適な生活を維持できなくなるかもしれません。そうならないようにという思いもあって、多くの方と共に、自分もまた地域の営みに関わっていきたいと考えています」

そう話す上床氏は、特産品の販売会や移住者の説明会などに積極的に参加。さらには、まちなかから車で約10分の萩・石見空港の施設を活用し、ビール工場新設やビアレストランの展開という次のチャレンジに取り組む。

ゆっくりと実りつつあるひとづくりの施策

「人懐っこく、誰にでもオープンに接する」

まちを巡る中で幾度も耳にした。益田の住民の気質に関して、山本市長はこう分析する。

「益田は外から来た人が溶け込みやすいまちだとよく言われます。実際、他県出身の私もそうでした。その風土は、港町だった歴史が培ったのかもしれません。なにごとも自分たちの力で切り開く自立した地域性も、江戸時代に浜田藩、津和野藩の藩境に位置し、権力が及びにくかったことが育んだといわれています」

そんな地域に根付いた力は、ひとづくりに取り組み始めて10年が過ぎた今、再び芽吹きはじめているようだ。

「益田管内の高校卒業後の地元就職率は以前は2割程度でしたが、ここ数年、4割前後まで上昇しています。人口減少のペースは、将来推計に比べてわずかながら和らいでいます。ひとづくりを続けてきた効果が少しずつ現れてきているように思えます」

20歳の集いのアンケートでは、益田で暮らしたい、魅力的な大人が多いといった肯定的な回答が年々増えているという。地域を支える大人と対話を重ね、数々のチャレンジが見られるまちの変化を感じた。未来の担い手が羽ばたく日はもう間近なのかもしれない。

  • 蟠竜湖の遠景写真

    蟠竜湖(ばんりゅうこ)は海岸からの飛砂でできた砂丘によって堰(せ)き止められてつくられた自然の堰き止め湖。市内には自然を満喫できるエリアが多数点在する。

  • 高津川を縦断方向に撮影した写真

    日本海に注ぐ高津川は、支流を含めダムがない一級河川。全国でもトップクラスの水質の良さを誇り、良質な天然鮎の産地としても知られる。