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【対談】四季株式会社(劇団四季)代表取締役 社長執行役員 吉田智誉樹氏 vs 小枝淳子審議委員
(広報誌「にちぎん」No.85 2026年春号)

劇団四季の舞台の根底に流れる「生きるに値する」人生への賛歌

守・破・創のロゴ

『ライオンキング』『キャッツ』など大ヒット作品や、オリジナル作品などの上演を行う劇団四季。全国各地に専用劇場を擁し、ビジネスとしても成功している。その秘密はどこにあるのか。劇団の歴史、俳優・スタッフに浸透する理念などをテーマに、吉田智誉樹社長と四季ファンの小枝淳子審議委員が語り合った。


吉田智誉樹氏の写真

四季株式会社(劇団四季)代表取締役 社長執行役員
吉田智誉樹
YOSHIDA Chiyoki

1964年神奈川県生まれ。87年慶應義塾大学文学部卒業後、四季株式会社(劇団四季)入社。主に広報営業を担当し、札幌から福岡まで全国で勤務。制作部広宣・ネットグループ長、執行役員広宣部長、取締役広報宣伝担当などを経て、2014年代表取締役社長。社長就任後、海外ミュージカルの翻訳上演のほか、四季オリジナル作品の創作体制を整備し、細田守監督の大ヒットアニメ―ション映画を原作とするミュージカル『バケモノの子』などを上演。新型コロナウイルスの多大な影響を受けた20〜22年の3年間は約2000公演が中止となり、劇団創立以来最大の危機を迎えたが、公演のライブ配信やMD事業の拡大などのほか、クラウドファンディング(総額約2億円)も実施して乗り越えた。コロナ禍をきっかけに創設された、劇団・劇場・芸能事務所・演出家など関連業種が結集して舞台芸術活動の振興を図る「一般社団法人緊急事態舞台芸術ネットワーク」の代表理事も務める。

小枝淳子審議委員の写真

日本銀行政策委員会 審議委員
小枝淳子
KOEDA Junko

1976年神奈川県生まれ。99年東京大学経済学部卒業。2005年カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)より経済学博士(Ph.D.)取得、同年、国際通貨基金(IMF)。09年東京大学大学院経済学研究科特任講師。14年早稲田大学大学院経済学研究科・政治経済学部准教授。19年財務総合政策研究所総務研究部総括主任研究官。21年早稲田大学復職。22年早稲田大学大学院経済学研究科・政治経済学部教授。専門はマクロ経済学・金融・国際金融。25年3月より日本銀行政策委員会審議委員。

写真 野瀬勝一

学生劇団として生まれ10年目にミュージカルを開始

小枝 私、小さい頃に合唱をしていたんです。それで母に連れられて『サウンド・オブ・ミュージック』を観(み)たり、大人になってからは『ライオンキング』に家族と一緒に行ったり。とても大切な思い出になっています。横浜市の四季芸術センター(稽古場)もすごくおしゃれな建物ですね。

吉田 ここで研究生や劇団員たちが稽古をし、経営、技術スタッフが働いています。日本銀行と言えば、元副総裁の藤原作弥さんが昨年秋にお亡くなりになったのはとても残念です。実は、1991年初演の『ミュージカル李香蘭』の原作は、李香蘭こと山口淑子さんと藤原さんの共著、『李香蘭 私の半生』だったのです。ミュージカル化する際には、藤原さんにも多大なご尽力をいただきました。

小枝 藤原さんの協力があったからこそ、素晴らしい作品が誕生したんでしょうね。劇団四季も、多くの方々の支えでここまで成長してきたんですね。もともとは少人数の学生さんたちで始まったとのことですが、その努力と思いを考えると、長い歴史の中で多くの人たちの情熱が受け継がれてきたんだなと感じます。

吉田 劇団四季は1953年、劇作家の加藤道夫さんの周辺にいた学生たちが創立しました。加藤さんは慶應義塾高校で英語を教えておられ、同校から慶應義塾大学の仏文科に進んだ浅利慶太や日下武史、また石神井高校から東京大学の仏文科に進んだ水島弘らが私淑していたのです。この二つの流れから、10人が創立に合流しました。四季は「学生劇団」として産声を上げました。

小枝 創立から70年余りの歴史を重ねた歩みの中で、どういった転機やターニングポイントがあったのでしょうか。

吉田 当初はジャン・ジロドゥとジャン・アヌイという二人の仏現代劇作家の作品を翻訳上演していました。今や四季といえばミュージカルと思われているかもしれませんが、本分はストレートプレイ(セリフ劇)中心の新劇団なのです。フランス演劇を専らにするなど他の劇団と比較すると個性が際立つ存在でした。その後、創立から10年目の頃、ミュージカルに出合いました。

四季がミュージカルの上演を行うようになるには、二つのきっかけがありました。一つは、日比谷の日生劇場の開場(1963年)に当たり、当時の弘世現・日本生命社長から浅利らに依頼された仕事です。「戦争で荒廃した子どもたちの心に、演劇で豊かな心を呼び起こしてあげてほしい」と。その時、浅利らは、お芝居だと子どもたちが飽きてしまうから、歌と踊りでつづられる米国由来のミュージカルという形式を取り入れようと考えたそうです。それが後に「ファミリーミュージカル」と呼ばれるジャンルに成長していきます。それからもう一つ、宝塚歌劇団出身の越路吹雪さんとのご縁もありました。浅利が越路さんのリサイタルを演出することになり、その流れで、主役に越路さん、その他の役を四季の俳優たちが務めるミュージカルを上演するようになります。

小枝 多面性を取り入れてきた劇団なのですね。

吉田 もともと創立メンバーには音楽に素養のある者が多かった。浅利自身もフルートを勉強していたそうです。いくつかの転機があったとはいえ、組織全体が音楽やミュージカルを志向していたのかもしれませんね。

小枝 取り巻く環境が目まぐるしく変わる現代社会を生き抜くには、多様なスキルを有する人材を組み合わせ、持てる力を発揮してもらうことが大事です。劇団四季の歩みは、示唆に富むと思います。

吉田 ミュージカルの導入は四季の歩みに大きな影響を与えました。作品の中に歌や踊りがありますから、大衆性が大変強い。その特徴が観客動員数の拡大につながり、劇団の経済的な安定を支えるようになります。

小枝 吉田社長は劇団四季の地方拠点で働いたご経験がおありだそうですね。最近は、働き方に対する世の中の意識が変わってきていて、地方への転勤はハードルが高いという方が増えていますが、各地での体験はどのようなものでしたか。

吉田 私が四季に入団したのは1987年です。組織の成長の歴史の中では、ミュージカルによって観客動員数が拡大し、東京から全国へ市場を広げていこうという頃で、80年代後半から2000年代前半までは、日本の拠点都市に観客を生み出す仕事を担いました。それが結果的に、全国にある四季の専用劇場の誕生につながります。ということで、私は札幌から福岡まで、日本の5大都市の全てに住んだことがあります。

出張でもその土地の雰囲気をある程度は知ることができますが、住みながら仕事をすると、もっといろいろなことが分かるんです。もちろん全てではありませんが、地元の方々が大事にしている小さなことも実感できます。支援者の方々とも深いご縁ができましたし、その体験は、自分の人生の財産になったと思います。

小枝 日本銀行も、地域の金融経済情勢の把握にあたり、全国の支店長が企業経営者に直接お話を伺っています。相手を本当の意味で理解するとかネットワークづくりとか、そういった面でも、いろいろなところに実際に行って、自分の目で確かめてみたり、フェーストゥフェースで話してみるというのは大切ですし、貴重な体験事になりますよね。

「人生は生きるに値する」 人生賛歌のメッセージを伝える

小枝 私は今、金融政策に関わっていますが、前職は大学の研究者で、経済・金融のモデル分析をしていました。モデルには、長く使われるものもあれば、一時的に使われ廃れてしまうものもあります。あるいは、海外で開発された最先端のモデルを使うこともよくあります。その場合は、日本経済の実情に合わせて使い方を工夫することが大事です。こうしたことはミュージカルの世界にも通じる部分があるのではないかと思うんです。

例えば、劇団四季の『ライオンキング』は日本上演27周年を迎えたロングラン作品です。こうした作品にはどのような特徴があるのか、あるいは日本の観客に合わせてどのような工夫がなされているのでしょうか。

吉田 海外からミュージカルを輸入する場合も、四季がオリジナルを制作する場合も、われわれの作品には必ず一つの共通するメッセージがあります。それは「人生は生きるに値する」ということ。人生賛歌ですね。人生は素晴らしい、生きるに値するものだと観客に最終的にお伝えできるような作品を選びますし、創り出します。このメッセージが強い作品ほど長く愛されるように思います。

海外作品の場合、基本的な演出は変えずに上演しますが、日本で上演するにあたって翻訳などに工夫を加える場合があります。なぜなら外国の文化に根付いたジョークやセリフのニュアンスは、そのままでは日本の観客に伝わらないからです。ですから、海外作品には必ず一種の「日本化」が必要になる。翻訳上演と言っても単に直訳するわけではありません。そのセリフが発せられた背景や心理を考え、同じ効果をもたらすための日本語を選び抜きます。時には、セリフが交わされるシチュエーション自体に手を加える場合もあります。

小枝 具体的な作品でいうと。

吉田 例えば『アラジン』ですね。上演10周年を迎えたロングラン作品ですが、実はニューヨークの舞台とは若干違うところがあります。主人公は母を亡くしているという設定なのですが、彼は「母が誇れる息子でありたい」という思いを持っている。日本には母子の情愛を描く物語が数多くあり、愛されています。『アラジン』でも、ここを強調すればさらに深い作品にできると思いました。ですので、日本版には元の台本にないセリフをいくつか書き足しています。ニューヨーク版に比べ、四季版は観客がほろっとした感情を味わって終わる舞台になっています。

小枝 海外から輸入する場合は、日本の社会や文化を踏まえて作り直していくということですね。この対談コーナーは、茶道や武道などの「道」の究めていく過程を説いた「守破離」という言葉をヒントに「守破創」と名付けていますが、海外作品の日本化にも何か通ずるところはありますか。

吉田 はい。作品の本質に目を向けて、観客の心に深く届くよう、時には跳躍し、大胆に変えていく。「破って守る」ということですかね。

小枝 一方で海外作品は、協業する中で心が通じ合わないと良いものにはならない面もあるのではないでしょうか。

吉田 海外の方々と作品を介して一種の文化交流をすることになりますから、何よりも正直で率直な姿勢で臨むことが大事だと考えています。それが結果的に、彼らと深い人間関係を醸成することにもなります。

海外作品を通した交流が、別の展開につながった例もあります。2016年に『ノートルダムの鐘』という海外ミュージカルを翻訳上演した時、スコット・シュワルツさんという米国の演出家と出会いました。彼のイマジネーション豊かな演出は素晴らしかった。そこで四季のオリジナルミュージカルの演出をオファーしたら、快諾してくれました。そうして制作されたのが『ゴースト&レディ』です。現在は大阪で上演しています。

小枝 ナイチンゲールを主人公とした漫画が原作の作品ですね。

吉田 そうです。これは、海外のクリエイターとの幸運な出会いが生んだ作品の一つです。私は、良い作品ができるなら、スタッフの国籍は関係ないと考えています。『ゴースト&レディ』は、演出のスコットさんをはじめ、振付、衣裳(いしょう)デザイン、イリュージョンなどに米国・英国・イタリアと世界各国で活躍される方々が参加してくださっています。ボーダーレスな時代ですから、優秀な才能との出会いがあれば、国籍を問わず、どんどんご一緒していきたいですね。

小枝 研究の世界も、海外の研究者と一緒に研究をするというのは非常に大事になっています。海外の方と一緒に作っていくというのはエネルギーも要ることだとは思うんですけれども、とても前向きな取り組みだなと感じます。

「作品主義」に徹することで、新たな人材や観客を呼び込む

小枝 劇団四季の作品が高いクオリティーを維持しているのは、スタッフと共に俳優の力も大きいと思います。俳優の役割や育成について劇団四季ならではの特徴があるのでしょうか。

吉田智誉樹氏と小枝淳子審議委員が並んで座っている写真

吉田 われわれは、全員が一つの作品のために奉仕をするという発想で集まっています。スターを中心に据え、そのスターをいかに魅力的に見せるか、というのも一つの考え方です。しかし四季はそうではありません。例えば『ライオンキング』なら、主役のシンバを演じる俳優を含めて全員が同じようにこの作品に奉仕をするという発想で舞台に立ちます。そうすることで作品がより一層輝くと考えています。

小枝 英国に住んでいた時にも『オペラ座の怪人』などを観に行きました。東京で劇団四季を観た時に感じたのは、主役ではなくて、舞台に上がっている全員が本当に丁寧な演技をしていて、完成された作品だと。そこにとても感動しました。

吉田 そもそも、四季に入団する際、それまでの知名度は一切問われません。意欲と才能のある人たちを毎年一度、オーディションで選んでいます。ですから、本当に広く才能のある方たちが集まってくれる。音楽学校で声楽を習っている人、バレエ団で活躍するダンサー、芸術大学で芝居を学んでいる人などさまざまです。そうやって集まった俳優たちと、舞台を裏から支えたいと考える技術や経営スタッフ、彼らの力が全部集まって「作品主義」の発想で興行を行う。このような劇団は他にあまりないと思います。

小枝 「人生は生きるに値する」というメッセージをお客さんに伝えるんだという一つの軸が、俳優やスタッフの皆さんの間で共有されているから良い作品になるのでしょうね。

吉田 その通りです。もう一つの軸は、「芝居で食べていく」ということ。劇場で得られる糧で生計を立てるのだと。日本では今でも舞台の仕事だけで生活することは難しく、映像や広告など近接業界との兼業で生きている人がほとんどです。しかしわれわれは舞台一本なんです。

小枝 日本の高齢化や人口減少などの人口動態は、経営の面で大きな問題ではないですか。

吉田 人口減少は確かに心配ですが、日本の演劇には、まだ伸び代があると思っています。四季の客層は7~8割が女性ですが、海外の様子を見ていても、演劇を楽しむ層をもっと厚くすることができるはずです。例えば『バック・トゥ・ザ・フューチャー』では、これまでミュージカルに関心の薄かった男性を掘り起こすことに成功しました。今では、平均すると、およそ半数が男性客です。

小枝 未就学児(3歳以上)が入場可能というのも、子ども連れにはサポーティブですね。

吉田 四季では、2008年から「こころの劇場」という社会貢献活動をしています。北は北海道・利尻島から南は沖縄県・石垣島まで、全国の小学6年生の子どもたち約45万人を無料で劇場に招待し、学校行事の一環として四季のファミリーミュージカルを観てもらうのです。このプロジェクトに、金融機関など多くの企業が意義を感じて協賛してくださっています。

小枝 金融の世界でも、ファイナンシャル・インクルージョンという考えが重要なキーワードとなっています。誰もが平等にアクセスできることや、観劇を楽しめる環境を整えるというコンセプトはとても大事だと思います。

吉田 上演する作品には、命の大切さや人を思いやる気持ち、信じあう喜びなど、子どもたちがこれからの人生を歩んでいく上で大事なメッセージを込めています。この事業は将来の観客、そして演劇界を目指す才能の育成にも貢献していると思います。「こころの劇場」を観て、四季を目指したという俳優やスタッフも大勢います。子どもの頃の観劇体験を思い出して、劇場文化の理解者となり、次の世代の子どもたちに感動を与えたいと考えてくださる。そんな方々が増えたらいいなと思っています。

小枝 本日は、ありがとうございました。