地域の底力
式年遷宮を柱に多彩な試みが開花する
三重県伊勢市
伊勢市は伊勢神宮の参拝者をもてなす観光産業を主軸とし、長きにわたり歩みを続けてきた。
そのもてなしの心と、さいしやまちへの思いを受け継ぎながら、人々は今、それぞれの舞台で独自の改革に挑んでいる。
取材・文 山内史子
写真 野瀬勝一
歴史と文化の柱である伊勢神宮では20年に一度、ないくう・宇治橋を含め社殿、おんしょうぞくしんぽうなどを一新する式年遷宮が行われる。1300年以上続くその習わしは、観光産業が主軸の地域経済や人々の暮らしと深く関わってきた。
20年ごとの式年遷宮が住民の生活と心の支柱に

三重県中東部、伊勢湾に面した伊勢市は、伊勢志摩国立公園が広がる自然豊かな志摩半島に位置する。地域の要である2000年以上の歴史を有する伊勢神宮は、天照大御神をまつるこうたいじんぐう(ないくう)、とようけのおおみかみを祀る豊受大神宮(げくう)を合わせた125の宮社の総称。広く社が点在する市域の約3割は、神宮林の緑が占める。
一帯の暮らしもまた「神宮さん」「お伊勢さん」とも呼ばれる伊勢神宮と密接な関係にあり、江戸時代以降は「せめて一生に一度でも」と「伊勢音頭」に歌われたお伊勢参りの人々をもてなしてきた。17世紀初頭に生まれた日本最古の紙幣とされる「やまだはがき」は、当時の商いの発展を物語る。
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1610年頃に伊勢国山田で発行された山田羽書は、明治時代に至るまで約250年間、一帯で流通していた。山田は、伊勢神宮外宮周辺のかつての地域名。
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山田羽書を展示する「伊勢河崎商人館」は、江戸時代中期創業の酒問屋を活用した、当時の商家の造りに触れられる見学施設。建物は国の登録有形文化財。
飛鳥時代から約1300年間にわたり受け継がれてきた伊勢神宮の習わしが、20年に一度、社殿やおんしょうぞくしんぽうをはじめ全てを改め、大御神に新しい社殿へおうつり願う式年遷宮だ。次なる2033年に向けて今年と来年に御用材を奉納する「おきひき」が行われると話すのは、市議会議員を経た後、2009年から現職を務める市長の鈴木健一氏だ。
「お木曳は室町時代に端を発する行事で、市内各地の約70団体が延べ15日間かけ、木曽で伐採された御用材をひいて神宮さんに納めます。それ以外にもさまざまな行事があり、何らかの形で遷宮と関わる市民は多いですね。伊勢市のことは神宮さん抜きには語れず、住民の皆さんにとっては支柱のような存在になっていると思います」
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「人口減の中でも、伊勢市の活力につながるように市職員の資格取得を促すなど、人材育成を目的とした環境づくりを進めています」と、伊勢市長の鈴木健一氏は話す。
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伊勢市内の各地域団体が、遷宮のための御用材を伊勢神宮へと運ぶお木曳。数年を要する準備期間を含めて伝統と流儀が世代間で受け継がれていく。写真は川曳の様子。
(写真提供:伊勢市)
地域経済を支えてきたのも、伊勢神宮の参拝者を迎える観光産業だ。
「江戸時代は住民の6〜7割が観光産業に就いていたという記録があり、現在も第三次産業の就業者は7割強を数えます。年間の神宮参拝者数は約800万人で、およそ8割がリピーターです。2013年の遷宮時はメディアの露出が増えたこともあり、過去最大の約1400万人を記録しました。20年ごとに繰り返される遷宮に伴う来訪者の波は少なくとも明治時代から見られ、商売や事業の面でも伊勢をアピールする絶好のチャンスです」
その一方で、現在約12万人を抱える人口は、長年、右肩下がりが続く。
「高校卒業後は他の地域に出ていくのが当たり前となって久しく、例えば20歳を迎える人は団塊の世代の頃に2500人規模だったのが、今は1000人程度となりました。また、観光産業には繁忙期と閑散期の差があることから非正規雇用も多く、若い世代を呼び戻すために必要な働く場が限られている課題もあります。こうした中、前回の遷宮時の調査で観光客の6割が日帰りということが分かり、市では市内の観光消費額の向上のため、観光客の市内宿泊の促進や滞在時間の延伸に取り組んでいます。具体的には、宿泊施設の誘致や滞在をより楽しんでいただける体験プログラムの造成といった施策の打ち出しです。これまでの施策の効果もあって、ここ10年でホテルの客室数は大幅に増え、今では観光の面でも若い世代がまちを誇れるような民間の取り組みが各所で見られるのがうれしいですね」
地元だけに依存しないあらたな事業展開
伊勢市内で最もにぎわうのは、内宮の鳥居前町である「おはらいまち」だ。1990年代に街並みが整えられて以降、多くの観光客が訪れるようになった。飲食店や土産物店が軒を連ねる中、大正時代の創業とされる老舗飲食店「ゑびや」の改革が興味深い。代表取締役社長の小田島春樹氏は、北海道出身。東京の大手通信会社勤務の後、2012年に妻の実家の家業を継いだ。
「うちの店は、そもそもは家族経営で、立地にこそ恵まれていたものの特色があったわけではなく、手書きの帳簿を含めて商いのスタイルは昔のまま。正直なところ、適正な仕入れや人員の管理もできていませんでした。物価上昇や人件費高騰など構造的な変化や従業員の高齢化の中での事業転換として、当初は店を縮小することも考えたのですが、『地方の企業は成長しない』『飲食業は3年で約半分がつぶれる』と言われる中、ならば自分が挑戦しようと思ったのが転機です」
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「自転車に乗って、未知の隣町を見に出かけた子どもの頃の好奇心を大人になっても失わないようにと、若者たちには常々伝えています」と、ビジネスの基本姿勢を語るゑびや社長の小田島春樹氏。
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おはらい町通りの入り口近くに立ち、経営改革後に内観、外観をリフォームした「ゑびや大食堂」。飲食スペースの他に、菓子や雑貨などが棚に並ぶ土産物店も併設。
小田島氏が試みたのは、DXによる独自の改革だ。
「ECのビジネスでは、アクセス数などさまざまなデータに基づき商品や販売の仕組みを考えるのが基本です。それをリアル店舗に持ち込むために、画像解析カメラで計測した通行量と来店者数の比較や、POSシステムを利用した購入者の情報など広くデータを収集し、対面での販売の状況を正しく測定して解析するシステムを開発しました」
その結果、気象や周辺の宿泊状況などを基にした的中率9割の来客数予測が可能になり、フードロスや労働環境も改善。売り上げも急拡大し、地元でも注目の的となった。
「私が始めた頃は昔ながらの営みを続ける店が多かったものの、代替わりした今は経営者の中心が30〜40代。その多くは個人経営や小規模経営ですが、弊社の改革に刺激を受けてそれぞれに工夫を凝らす健全な競争が生まれています。例えばうちが高価格帯を攻めたことで、周辺の店の価格も上がりました。仕入れをはじめおはらい町を礎とする地元企業の裾野は広いため、まちの盛況は伊勢市の活性化につながります。若い世代の経営者にとっては希望や気概を生むベンチマークになれたのではないかと思っています」
そう語る小田島氏は2018年に、人流データの測定や分析システムを提供する「エビラボ」を創業した。
「コロナ禍が記憶に新しいと思いますが、観光地のビジネスは自然災害などにより人が来なくなるリスクと常に隣り合わせです。また地元だけを相手にしていても限界がありますから、EBILABは観光というカテゴリーにとらわれず、また地元だけに依存することもなく、事業を展開しています。商売には賞味期限があるといわれるものの、伊勢はこれまで何百年も続いてきた歴史がある。多くの方々に愛されてきたこのまちが拠点なのはありがたいことですし、まだまだできることはあると考えています」
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約800メートルにわたり、観光客向けの店舗が並ぶおはらい町通り。バスや車で次の地へと急ぐようになった高度成長期には客足が落ち込んだこともあったが、昭和末期に街並みの整備が始まり、現在は多くの人出が見られる。
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飲食業、屋台、物販、観光ツアーのマネジメントをリアルな感覚で学べる、ゑびやが開発したボードゲーム「wyEBIYA THE BOARD GAME」。
参道の景色と人出を変えた地元住民の外宮への思い
伊勢神宮は外宮、内宮の順に双方を参拝するのが本来の習わしだが、時代の変遷とともに外宮の参拝者は減り、最寄りとなるJR・近鉄伊勢市駅から続く参道や周辺の商店街にもその影響が及んでいた。そうした中、地域がふたたび元気を取り戻すことを目指し、活動を続けてきたのが「外宮参道発展会」だ。会長を務める山本武士氏は、実家の旅館跡でアウトドアショップやギャラリーなどを営む。
「外宮へと続くこの参道は、山田駅(現・伊勢市駅)が誕生した1897年につくられました。衣食住をつかさどる豊受大御神に祈願する農業従事者など、かつては駅前を中心に多くの参拝客でにぎわっていたのですが、昭和後期以降は内宮に至る道路や高速道路が整備され、おはらい町の人気が高まり人出が減ってしまいました。まちの再生を考えたときに改めて思ったのは、外宮があってこそのわれわれだということです。当時は、外宮や豊受大御神の大切な役割をきちんと語れる人がほとんどいなかったんです。そのため、『まちづくりは誇りづくり』というテーマを掲げ、歴史や神話の勉強会から始め、少しずつ皆さんの意識が変わっていきました」
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外宮参道発展会の会長である山本武士氏は、江戸時代にお伊勢参りの人々を迎えて案内していたおんしの流れをくむ。
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上/老舗刃物店の商いをそのまま継承しつつ、外宮参道沿いの交流施設となった伊勢 菊一。情報発信の場であるだけではなく、オリジナルグッズや『古事記』をもとにした占いも人気を集める。
(写真提供:外宮参道発展会)
下/伊勢 菊一の向かいに位置する「キクイチ分室」では、伊勢神宮や地域に関する書籍を多数そろえ、神宮勉強会などイベントも開催。2026年8月より、インバウンドマーケティング会社と連携した取り組みもスタート。
「外宮さんに微笑んでいただけるまち」というキャッチフレーズとともに進んだ活動はやがて、荷物の預かり所やベンチ、花のハンギングバスケットの設置といった、商店街の自主的な取り組みを導く。100年以上前に名付けられた「神宮参道」を「外宮参道」に改め、後継者がいない老舗刃物店を観光交流施設「伊勢 菊一」に。伊勢和紙のあんどんが彩る、風情ある景色も生まれた。2013年には外宮に見学施設の「式年遷宮記念せんぐう館」が完成し、伊勢市駅前に神木を使った鳥居が設置されたことも活動の追い風になった。
「内宮だけを参拝する方はまだ多いものの、外宮参道の歩行者数は1日4100人と約20年の間に5倍になり、参道沿いの約60店舗のうち7割が当会のまちづくり活動開始後に新規に開業したお店です。地域を思う若い世代も頑張ってくれている上、伊勢市駅周辺はホテルも増えて、夜の街散策はもちろん、朝の参拝などで外宮に向かう方の数は今後さらに増えると期待しています。ただ、外宮あってのわれわれですから、商いよりもまずは、参拝客に気持ちよくお参りしてもらうことが最優先という、自分たちのきょうじは受け継いでいきたいですね」
地域の課題解決につながる多角的な事業と発想
あらたな事業では2017年に開業し、結婚式場、カフェ、宿泊施設を備えた複合施設を営む「フォーク フォーク」の展開が興味深い。代表取締役のひがしやまみちや氏は大阪で照明や音響など総合音楽の理論を学んだ後、自分のスキルが活きる世界としてブライダル業界を選び、地元の結婚式場でノウハウを習得した。
「伊勢に戻ってきたのは、子どもの頃は当たり前に思っていた自然環境の豊かさに圧倒されたからです。独立後はその資源を活用した、どこでもできるノマドウエディングというコンセプトのプロデュース会社を立ち上げ、伊勢志摩国立公園のあさまやま山頂やビーチでの結婚式も手がけました。拠点を構えた今も施設内に厨房はあってもシェフは雇わず、地域のレストランと業務提携して新郎新婦が自由にシェフを選べるようにしているほか、地域クリエイターがブライダル業界で活躍できるよう、参入自由な仕組みを設けています。伊勢というステージは、自然だけではなく人も食も層が厚いのが魅力です」
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「伊勢という地方のまちだからこそ、何もないところに自分のアイデアを詰め込んでいく機会に恵まれている」と話す、FOLK FOLK代表の東山迪也氏。
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漫画喫茶だった建物をリノベーションしたFOLK FOLKは、洗練された外観で周辺の景色を一変させた。ウエディング施設内のカフェは地元住民も集う場になっている。
数々のアイデアの開花は注目を集め、2022年にはB(企業) to B、B to G(行政)のプロデュースを担う新規事業を、翌年には志摩市の海辺にサテライトオフィスを含む複合施設「コー ブルー センター」を立ち上げた。
「交流の広がりとともに、起業を応援したいとの思いが生まれ、NPO法人三重ソーシャルビジネスファンドを設立しました。
ファンドといいながらも非営利で、三重県の発展を思う若手を支援したい県内外の経営者などから寄付を集め、魅力的な事業提案のあった起業家にそのまま渡しています。若手にとってチャレンジしやすいだけではなく、見返りを求めない分、地元の発展に貢献しなければといった責任感が増すと思っています」
2025年には電気料金の1%を地域に寄付する新電力会社を設立するなど、事業の拡張はスピーディーかつ幅広い。
「時には企業と行政の橋渡し役も務めますが、観光の活性化や移住促進、空き家対策など、自分にとってはビジネス=地域課題解決の手段なんです。まちづくりは人づくりとも思っていて、子どもたちの人間力を高めたいと、ガーデンウエディングの場を『みんなでつくる公園』として開放しました。遊んだ後はゴミを拾うなどのルールがあり、場の共有を通じて相互扶助の大切さを学んでほしいと思っています」
2027年春には県外の学校法人との提携により、平日の昼間、空いている披露宴会場を活用して通信制を主とした高校が開校される。「FOLK(人々)」を重ねた社名には、新郎新婦の双方の人々が結ばれるようにとの思いを込めたそうだが、当初のコンセプトを超えてさらなる人の縁がつながっていくことだろう。
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公園がない地域にあらたなコミュニティを、との東山氏の思いから生まれた「FOLK FOLK Garden」。そのコンセプトや、地面に描かれたアートが遊びの場となるつくりが評価され、2024年度グッドデザイン賞を受賞。
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子どもたちの心の成長を願い設置された、FOLK FOLK Gardenで遊ぶための心得。
地域に種をまく大規模農業と枠を超えた多様な取り組み
伊勢市の第一次産業従事者は約3%と限られるが、1986年創業の「まつこう農産」の先進的な視点に着目したい。そもそもスポーツジムとガソリンスタンドという異業種に携わっていた先代が農業に目を向けたと話すのは、代表取締役社長の松田義信氏だ。
「伊勢市は小さな農家さんばかりだったため、継承のためには将来的に大規模化が必要になると考えたのがきっかけだったと父から聞いています。隣の明和ちょうで約0.5ヘクタールの田を借りてスタートしましたが農業は素人な上、地元出身でもないため、苦労は多かったようです。とはいえ県内初の農業生産法人として認可されるなど徐々に周囲の理解を得ました。最近では高齢で離農される方からのご相談が増えたこともあって耕作面積は伊勢市を含めて300ヘクタールになり、一般顧客向けに自社米の販売も行っています」
2009年には、ブドウ園や飲食店、スイーツショップ、水遊びや動物との触れ合いを体験できる広場など、多彩な楽しみを備えた複合施設「松幸農産これから村」を明和町にオープン。ファミリー層が気軽に過ごせる場所として人気を博しているという。
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「東京にいた頃も頻繁に帰省し、お木曳などの行事に参加したほど地元には愛着がありました。年齢を重ねた今は、地域のために役立ちたいという意識がより高まっています」と話す、松幸農産社長の松田義信氏。
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上/広い敷地を有する松幸農産これから村は、精米したての自社米の販売や、レストランでのかまど炊きご飯の提供も集客の魅力に。
下/松幸農産のコメ栽培は育苗から手がけ、出荷まで一貫して自社で行う。収穫後はおいしさを維持するため、もみのままコメを保存し、注文を受けてから精米する。
(写真提供:農業生産法人松幸農産)
「これから村は地域の活性化の一助になればと始め、名称どおり今後も充実を図るつもりですが、一方で弊社に関心を持っていただける機会になればとの思いもあります。現在、これから村を含めた従業員は20代〜40代を中心とする約50名で、半数が農業従事者です。企業ですから、従業員の福利厚生の充実や、毎年の昇給面の制度はしっかりしています。また、農閑期は自由に休みが取れますが、事業や耕作地が広がる中で人手不足が生じており、農業だけではなく多様な活動ができる環境を整え、もっと人を集めることができればと考えています」
ほかにも地元の酒造会社や大学の神道学科と連携した日本酒の原料米の生産、伊勢神宮の神事の衣に多用される麻の栽培など地域に根差した試みは多く、さらには松田氏が外資系石油会社に勤務していた縁から、輸出など海外にも進出。加えてスポーツ庁が推進するSport in Lifeプロジェクトの一環として、大学医学部と共同研究が進む、農業従事者の身体活動計測にも関心を寄せる。
「農業には肉体労働のイメージがありますが、現在は機械化が進んでおり、例えば耕作機械に乗れば座ったままで仕事が進むため運動量が多いわけではありません。作業中に収集したデータを基に身体の負担やけがを防ぐ成果が出れば、あらたなビジネスを生み出すシステムを提案できるのではないかと考えています」
インバウンドの拡大と若い世代への期待
市長の鈴木氏は観光における課題の一つとして、現状は神宮参拝者数の約2%に満たないインバウンド客の拡大への取り組みを掲げる。海外の富裕層をターゲットにするなど、周辺の市町と広域で連携した新規の取り組みが進む中、2026年春に米国『TIME』誌の「世界で最もすばらしい場所」の訪れるべき50カ所の一つとして伊勢神宮が選ばれたのは朗報だろう。新しく、2026年4月に外宮近くに開館した「伊勢市歴史博物館」は研究・観光施設としてだけではなく、子どもたちが地元の歴史や文化を知り、学び、地域への愛着を育む場となるはずだ。
その一方で鈴木氏は、施策を実施する市役所の職員に対しては、「何よりも大切にしているのは、コミュニケーションと人材育成です。人のつながりや人を育むことを常に意識するよう、職員には言い続けてきました。さまざまな施策を円滑に行うためには職員自身も成長する必要がありますので、電気、土木といった専門技術やスキル向上のための資格取得を促進しています」と期待をかける。
「伊勢の皆さんはもてなしの心が根付いている上、郷土愛が深い。20年という遷宮のサイクルが大きな物差しになっているため、何ごとにもせっかちにならない穏やかな気質があるのかもしれません。人の絆の深さや情報共有のしやすさといった、小さいまちゆえの強みが今後も活きてくると思っています」
千年の時を超えて代々受け継がれてきたゆっくりとした時の流れの中で、伊勢市は2033年の式年遷宮を目指しながら今日も前進を続ける。
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伊勢市東部に位置するふたみおきたまじんじゃのめおといわは、沖合に沈む猿田彦ゆかりの興玉しんせきの遥拝において鳥居の役割を果たし、海と織りなす眺めを目当てに観光客が訪れる。神社がある二見浦はその昔、神宮参拝前の清めの場の一つだった。
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伊勢神宮内宮の鳥居からしょうぐうまでは砂利道や階段があるが、車椅子の方でも参拝できるバリアフリー観光のサポートもある。
