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【対談】東京藝術大学学長・現代美術家 日比野克彦氏 vs 増一行審議委員
(広報誌「にちぎん」No.87 2026年秋号)

社会的課題を解決する藝大の新たな使命

守・破・創のロゴ

東京藝術大学在学中に脚光を浴び、以来、国内外のアートシーンをけんいんしてきた現代美術家の日比野克彦さん。母校である東京藝術大学にて 1995年から教育研究活動、2022年から学長を務める。最前線から見えるアートの可能性とは何なのか。趣味でチェロを弾き、同大学で監事も務めた増一行審議委員と語り合った。


日比野克彦氏の写真

東京藝術大学学長・現代美術家
日比野克彦
HIBINO Katsuhiko

1958年岐阜県生まれ。82年東京藝術大学美術学部デザイン学科卒業、84年同大学院美術研究科デザイン専攻修士課程修了。95年に同大学美術学部デザイン科助教授となり、以降、同大学で教育に携わり、2022年から学長を務める。作家活動としては、社会的課題の解決にアートを生かそうとするなど、一貫してアートのさらなる可能性を追求しており、企業や自治体などとも積極的に連携し、「アートは生きる力」を研究、実践し続けている。岐阜県美術館、熊本市現代美術館で館長を務める。主な受賞歴に日本グラフィック展大賞、芸術選奨芸術振興部門文部科学大臣賞など多数。

増一行審議委員の写真

日本銀行政策委員会 審議委員
増 一行
MASU Kazuyuki

1959年大阪府生まれ。82年東京大学法学部卒業、同年三菱商事株式会社入社。2013年同社執行役員主計部長、16年同社代表取締役常務執行役員CFOなど歴任し、22年退任。同年日本公認会計士協会理事、EY Japan株式会社シニアエグゼクティブアドバイザー、24年日立Astemo株式会社取締役監査等委員、同年国立大学法人東京藝術大学監事。25年7月より日本銀行政策委員会審議委員。

写真 野瀬勝一

多才を育む藝大のユニークな土壌

増 日銀の審議委員に就任するまで、藝大の監事を務めており、その際には日比野学長にお世話になりました。高校のオーケストラ部に入って以降、今もアマチュアオーケストラでチェロを続けている私にとって、藝大は憧れの場所であり、中へ入るだけでも夢みたいだったんです。

日比野 藝大は来年に創立140年を迎えます。東京音楽学校、東京美術学校という二つの学校が前身です。

美術も音楽もそうですが、文明開化の時に「芸術」の学び方を西洋から取り入れたので、これまでの藝大の139年間は、日本が大学を通してアカデミックに芸術を学ぶということをしてきた期間ともいえます。ただ一方で、日本にも江戸の庶民文化や鎌倉・室町の文化などがあり、それを継承してきたわけです。そうした「日常の中に生活文化あり」というところを研究し発信することが、今後の藝大に求められることかなと思います。

増 藝大のキャンパスというと上野が思い浮かびますが、横浜にはアニメーション専攻もありますよね。

日比野 横浜に映像研究科という大学院、北千住に音楽環境創造科、取手(茨城県)に先端芸術表現科があります。キャンパスは全部で四つです。

映像研究科は、「文化芸術創造都市」政策を推進していた横浜市に誘致していただいた経緯があり、2005年に馬車道に開設しました。アニメーション以外にも、映画やメディアアートなどもありますね。4月に新設されたゲーム専攻は上野に入れました。

増 藝大設立の背景に西洋文化を体系的に学ぶ目的があったとのお話がありましたが、現在の学科の中には、日本画や邦楽などもありますよね。私が一番驚いたのは日本舞踊があったことです。

日比野 邦楽の中には鼓やこと、舞、謡曲のうたいもあります。西洋音楽の中でも古楽というのがあって、チェンバロとかパイプオルガンのコースです。もともと音楽は舞のために演奏していた。楽器だけで発表するようになったのはその後で、最初に舞があって、その伴奏としてチェンバロとかがあったと。なので、邦楽の中には日本舞踊の先生がいます。校舎の中には能舞台もあります。

増 邦楽は子どもの頃から続けている人でないと入れませんか。

日比野 ピアノとバイオリンに関しては、小さい時からやっていないと、なかなか難しいけれども、邦楽は遅くから始めたという学生も結構います。家元で習わずに何で藝大に来るのか学生たちに聞くと、家元に行くと何々流しか教えてもらえないけれど、藝大へ行くと、お箏でも三つ四つの流派がある。いろいろな先生に教わることができるし、ピアノ科の同級生がいたりと、幅広く学べるからというのがあります。

増 取手のキャンパス内には登り窯までありますよね。

日比野 工芸科の中に漆芸とか陶芸、木工、ガラス、金属などがあって、伝統的な素材とか作り方、道具などを研究、制作しています。

海外から視察に来られて一番驚かれるのは、都会のど真ん中の上野に砂場があって、その砂の中に鋳型をして、千何百度の金属を流して、最後に型を割るという伝統的な鋳金を大学で行っていることです。大型のものも作っていて、上野公園の西郷隆盛像も前身の東京美術学校作です。作家自ら金属を流し込んで、大学内で創作を完結できるというのは世界的にも藝大だけじゃないかと思います。

増 多くの人が興味を持っているのは、どんな入学試験をしているのかだと思います。

日比野 大学入学共通テストがあり、あとはそれぞれの専攻に合わせた実技試験があります。例えば、美術の絵画科なら、基本的にはデッサンがあります。その後に、油画専攻なら油絵、日本画専攻なら日本画の実技です。

増 鋳金とか彫金とか彫刻。これはどのように試験をするのですか。

日比野 大事なのは「見る力」なんですよね。テクニックより、見る力をしっかりと審査します。次に造形力とか発想力ということで、工芸とか彫刻の場合は、大体、粘土が出ますね。僕はデザイン科だったのですが、「紙袋にリンゴが6個入っている状態を粘土で作りなさい」という課題が出たのを覚えています。

社会とアートを結ぶ活動の起点となった「銀行のお茶」

増 学長は、岐阜県で過ごした幼少期に、社会とアートのつながりを感じる出来事があったそうですね。

日比野 岐阜大学附属小学校にバス通学していた、1年生の時のことです。バス停の前のクーラーが効いている建物に冷たいお茶が出る機械があって、紙コップにお茶を入れて飲みながらバスを待つというのが、児童の間で流行ったんですね。学校が終わるとその建物までダッシュして、というのをしばらくやっていました。

そうしたら、あるとき担任の先生が「みんな最近、建物の中でバスを待っているそうですね。今日、銀行の人から連絡がありました」と。担任の先生が面白かったのは、秋の文化祭に「銀行のお茶」という創作劇をやったことです。ドキュメンタリー的に1年生が演じたのですが、その場に銀行の人を招いて、最後に「ありがとうございました」とメッセージを伝えるお芝居でした。

増 銀行の人からクレームが来て怒られるのかと思ったら、そうではなくて、学校の先生が感謝を伝える創作劇に持っていかれた。

日比野 僕は今、社会的課題に対してアートで解決するというようなことをやっているのですけど、この「銀行のお茶」が起点になっているんじゃないかなという気がします。

増 学長の今のアートと社会のつながりを進める姿にも通じるエピソードですね。藝大に進学して、デザインを専攻されたのはなぜですか。

日比野 中学校の時の美術の先生がデザイン系の方だったので。もし先生がデザインじゃなかったら違っていたと思います。

増 小学校、中学校での先生との出会いが、その後の人生に大きな影響を与えたんですね。

日比野 最近では、図工や美術、音楽の時間が軽視されているのではないかと危惧しています。公立の小中学校で専任の図工や美術の先生が減らされ、いくつかの学校を兼任するケースが増えていて、図工室を使わず、プリントやタブレットを用いた短時間の授業になってしまうこともあると聞いています。絵を描いたり歌ったりというのは、感性を養う教育です。初等教育は、感性をしっかりと育むことが重要だと、根本的なところに対して意見を言っていく必要を感じています。

増 理系教育を重視して、お金を稼げる人材を育てようという考えは、ちょっと違うように思っていたところですので、学長が話されたことはすごく刺さりました。

ところで、藝大は地方での活動も盛んです。2023年に包括連携協定を結んだメガバンクグループとは、どのような取り組みをされていますか。

日比野 地域を元気にするというのが銀行にとって重要な役割ということで、メガバンクのある地方支店と連携し、お茶を飲みながら会話して、アートを作るワークショップ「銀行のお茶会」等を開催しています。

増 地域金融機関がやるべきことかもしれませんね。

日比野 先日、同社主催の交流会に招かれ、グループトップの社長と掛け合いのショートプレゼンテーションをしたところ、社長からは、「藝大と地域を活性化するワークショップをやっています。ぜひ地銀も第二地銀も一緒になって地域展開していきましょう」と呼び掛けてくれました。後日、一緒にやりましょうといった連絡を複数先から頂きましたので、今後、地域金融機関がアートで地域活性化を推進する動きが広がることを期待しています。

文化芸術への投資が社会課題を解決する

増 藝大の監事をしていた頃に感じたのは、建物や設備が老朽化していることです。

日比野 一番古いのは美術学部の中にある中央棟ですが、国の施設関係の予算は古い建物から順に配分されるので、なかなか順番が回ってきません。

日比野克彦氏と増一行審議委員が並んで座っている写真

増 音楽学部側で気になったのはレッスン室などです。古くて、音も漏れてくる。これが天下の藝大かとびっくりしました。

日比野 施設もそうですけど、実はピアノの確保も重要です。というのも、特にレッスン用のピアノは使用頻度が高いんですよ。みんなどんどんたたく。そうすると、10年ぐらいでかなり傷みます。音楽は耳が命ですから、調律できていないピアノを弾いては駄目だということで、今、アカンサス倶楽部という寄付制度を整えています。そのかいあって、数カ月で7、8台を寄付していただけました。

増 藝大なら、いくらでも寄付が集まるとの誤解があるのですが実情をお話しください。

日比野 ピアノとか仏像の修復費などの具体的なものに対してはある程度の寄付を頂けるのですが、大学自体への寄付を集めるのは難しいです。「藝大を支援してください」となると、自分の寄付金の行方が見えず、何となくふわっと吸い込まれるような印象があるのでしょうね。

増 学長がなさっている「社会とアート」というテーマで寄付を募ってはいかがですか。

日比野 寄付を頂くには、文化芸術によって社会的課題を解決していけるというエビデンスを見せる必要を感じています。文化的処方という、文化芸術に接することによって健康寿命が延びる、認知症になるのを先延ばしできる、元気で働ける年数が増える、といった効果を証明する必要があると。例えば、美術館に行く人と行かない人の健康面への影響を統計によりできるだけ数値化し、こういう傾向がありますよ、文化芸術に投資すれば病院や福祉施設などの支出を減らせますよ、と数値で示していくことが大事だと考えています。

増 大学の運営費交付金は、2004年の国立大学法人化以降、減少傾向が続いていましたが、どうなりましたか。

日比野 特に大学病院がひっぱくして、このままでは存続できないということで、国立大学協会として動き、2026年度は交付金の増額が認められました。

増 物価が上がっている中で交付金が減り続けるのは、大変だろうなと心配していましたが、増額が認められて良かったと思います。

処遇面の制約から優秀な研究者や指導者の獲得に悩んでいる大学が多いとも聞きます。

日比野 人材育成面でも実益が見えやすい理系を重視する傾向があるわけですが、実は文化芸術こそがメインの産業になり得るということを、国全体としてもっと意識する必要があると思います。インバウンドが拡大する中、外国人が何を見に来るかというと文化芸術なのですから。

よく言われるアニメだけじゃなく、伝統的な文化、例えば浮世絵、茶道など、海外から見ると、とても不思議な高い精神性を有する文化芸術が日本にはあるわけで、これらを支えていく人材をしっかりと育成していく必要があると考えています。

増 今のご指摘は核心に迫るものだと思います。最後に、芸術を仕事にすることについてお聞かせください。

日比野 (壁に掛けられた絵を指さして)例えばこの絵ですと、今までの美術だとこれは何年にどういう作家がどういう技法で描いた絵で、というモノとしての解説になる。しかし、作家がなんでこれを描いたのか。中世の街並みの記憶であるとか、描かれた二人が何を話しているのかとか、絵に代弁してもらいながら鑑賞者とのコミュニケーションの素材としていくことが、これからは求められていくと思います。美術館というのは有名な絵が飾ってある場所ではなくて、いろいろな時代とか社会と出会う文化施設に変えていくということです。最近は創作のモチーフを語るようなギャラリートークも増えています。

作家がなぜ創作をするかといえば、自分の考え方を鑑賞者に伝えたいという思いがあるからです。売るため、生活のためということは結果でしかない。教育研究機関である藝大としては、やはりそこを明確にして学生たちを指導したい。なぜ絵を描くのか、なぜ自己表現するのか、何を伝えたいのか。アーティストというのは、ただ作品を作るだけではなくて、創作を通して社会的な課題を解決できるというところまで想像していくことがとても重要だと思います。

増 藝大時代には学長とは大学運営の話ばかりしていましたが、本日は芸術の本質のお話を伺えました。本当にありがとうございました。