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金融不均衡を察知せよ!:金融活動指標による金融不均衡の把握

中村康治、伊藤雄一郎(日本銀行)

Research LAB No.15-J-1, 2015年3月19日

キーワード:
金融不均衡、バブル、早期警戒指標、金融危機

JEL分類番号:
E44、G01

Contact
kouji.nakamura@boj.or.jp(中村康治)

要旨

資産価格のバブルや信用量の過剰な積み上がりなど金融不均衡を放置しておくと、金融危機やそれに伴う急激な信用収縮といった問題に繋がりうる。こうした事態を引き起こさないためにも、いち早く金融不均衡を察知することが求められる。本稿では、金融不均衡を把握するために開発された『金融活動指標』について解説を行う。『金融活動指標』は14のマクロ経済指標から構成されている。それぞれの指標が、過去の趨勢からどの程度乖離しているかによって、金融活動の過熱・停滞を判断するものである。こうした動きを色で表現した「ヒートマップ」によって、金融不均衡の状況を視覚的に把握することが可能となる。「ヒートマップ」において赤色が増えてくれば、より広範囲にわたって金融不均衡が過熱方向で蓄積されていると判断される。

1. はじめに

資産価格のバブルや信用量の過剰な積み上がりなど金融不均衡を放置しておくと、金融危機やそれに伴う急激な信用収縮といった問題に繋がりうる。2008年のリーマンブラザースの破たんを契機に発生した世界的な金融危機、1990年代の日本のバブル崩壊、1997年のアジア危機など、金融不均衡の蓄積とその後の金融危機というエピソードは、先進国・新興国を含めて枚挙にいとまがない。

過去の金融危機の経験を踏まえて、金融活動の過熱をいち早く察知し、危機の発生に備えて予防的な対応を行うことが必要であるとの認識が、国際的に広く共有されている。このため、各国の政策当局や国際機関では、金融活動の過熱など金融不均衡の状況を把握し、危機に備えるための早期警戒指標を作成・活用する動きが広がっている(Borio and Drehmann (2009)等を参照)。本稿では、わが国における金融不均衡の状況を把握するために開発された『金融活動指標』について解説を行う(『金融活動指標』の詳しい作成方法については、伊藤ほか(2014) を参照されたい。また、最新の『金融活動指標(ヒートマップ)』の状況については、半年に1度公表されている「金融システムレポート」(最新号は2014年10月 )を参照されたい)。

2. 金融活動指標の作成方法

金融活動指標は、以下の手順で作成している。

まず、先行研究などを参考に、検討対象となる指標をできるだけ多く集める。今回の分析では159指標を検討対象とした。

次に、検討対象指標を経済主体別・活動別にカテゴリー分けする。経済主体としては、金融機関部門、金融市場部門、民間部門、家計部門、企業部門、不動産部門の6つを設定した。不動産業を選択したのは、バブル期に、地価や信用量の動きが、不動産業の活動と密接に関係していたからであり、家計やその他の企業とは異なる動きを示していたためである。活動としては、「資産サイドの投資行動(以下、投資行動)」と「負債サイドの資金調達行動(以下、調達行動)」を設定した。6部門の2つの行動についてカテゴリーを設定したため、12のカテゴリーが設定されることになる。さらに、資産価格については、株価と地価の2つのカテゴリーを設定する。その結果、全部で14のカテゴリーを設定することになる。最初に検討対象とした159指標を、それぞれ対応する14カテゴリーに振り分ける。

最後に、各カテゴリーに分類された指標の中から、統計的な検証によって、最適な指標を選択する。その際、指標のトレンド算出方法や、トレンドからの乖離がどの程度であれば過熱と判断するかの基準(閾値)についても、複数の選択肢を考慮した。

統計的な検証は2つの基準で行っている。第1の基準は、わが国の経済・金融活動に大きな影響をもたらしたバブル期の過熱を察知できたか、ということである。ある指標の実績値が、バブルが発生していた時期に、ある閾値を超えていれば、その指標は適切に過熱を察知していたことになる。なお、バブル期がどの期間を指すかについては、先行研究を踏まえたうえで、1987~1990年に設定している。

第2の基準は、経済指標を用いて将来のイベントを予測する際に生じる2つの統計的な過誤を小さくできるか、という点である。1つ目の過誤は、イベントが発生するにもかかわらず、指標がシグナルを発信しないという過誤、すなわち、「危機を見逃すリスク」である(統計用語で「第1種の過誤」)。2つ目の過誤は、イベントが発生しないにもかかわらず、指標がシグナルを発信するという過誤、すなわち、「間違ったシグナルを発するリスク」である(統計用語で「第2種の過誤」)。低い閾値を設定すると、シグナルが発生しやすくなるため、「危機を見逃すリスク」は低下するが、「間違ったシグナルを発するリスク」は高まる。一方、高い閾値を設定すると、シグナルが発生しにくくなるため、「危機を見逃すリスク」は高まるが、「間違ったシグナルを発するリスク」は低くなる。このように、閾値の設定水準によって、2つの過誤の間にはトレードオフが発生する。分析では、この2つのリスクのいずれも大きくなり過ぎないよう、適切な閾値が設定されている。

適切な閾値を設定したうえで、統計的過誤が各カテゴリー内で最小となった指標を、そのカテゴリー内での最適な指標として選定している。

3. 選択された指標

以上の結果、選択された指標は以下の通り14指標となる(図表1)。それぞれの指標については、トレンドの取り方、閾値の水準が異なっていることに留意されたい。これは、先に述べた統計的な検証の結果である。

図表1:選択された指標

図表1:選択された指標
資産サイドの投資行動 負債サイドの資金調達行動
金融機関 貸出態度判断DI
<過去平均、1σ>
M2成長率
<片側HPフィルター、1σ>
金融市場 機関投資家の株式投資の対証券投資比率
<後方3年移動平均、1σ>
株式信用買残の対信用売残比率
<後方3年移動平均、1σ>
民間全体 民間実物投資の対GDP比率
<後方3年移動平均、1σ>
総与信・GDP比率
<片側HPフィルター、1σ>
家計 家計投資の対可処分所得比率
<後方3年移動平均、1σ>
家計向け貸出の対GDP比率
<後方3年移動平均、1.25σ>
企業 企業設備投資の対GDP比率
<片側HPフィルター、1σ>
企業向け与信の対GDP比率
<後方3年移動平均、1σ>
不動産 不動産業実物投資の対GDP比率
<片側HPフィルター、1σ>
不動産業向け貸出の対GDP比率
<片側HPフィルター、1σ>
図表1:選択された指標
株価 地価
資産価格 株価
<片側HPフィルター、1.5σ>
地価の対GDP比率
<後方3年移動平均、1σ>
  • (注1)< >内は、トレンド算出方法および閾値を示している。
  • (注2)トレンドの算出方法としては、過去平均、後方3年移動平均、片側HPフィルターが用いられている。片側HPフィルターとは、各時点までのデータにHPフィルターを適用し、その直近値を算出する方法である。HPフィルタ―の平滑化パラメータは400,000としている。
  • (注3)σは、トレンドからの乖離の二乗平均平方根を表す単位。

それぞれの指標について経済主体別に概観する。

金融機関

金融機関の投資行動を示す指標は、貸出態度判断DIである。経済・金融活動が活発化すると、金融機関の貸出姿勢は積極化し、貸出態度判断DIは緩和方向に動く。金融機関の調達行動を示す指標は、M2の成長率である。融資活動が活発化すると、信用創造の拡大に伴って、M2成長率の伸びが高まる。

金融市場

金融市場の投資行動を示す指標は、機関投資家の株式投資対証券投資比率である。分母の証券投資には、株式のほか債券が含まれる。株式市場が活況な場合、機関投資家は、ポートフォリオの中で株式投資比率を高めるため、当該指標は大きく上昇する。金融市場の調達行動を示す指標は、株式信用取引における買残対売残比率である。株式市場が活況な場合、信用取引で株を購入する動きが活発化するため、この指標は上昇する。

民間(非金融部門)

民間の投資行動を示す指標は、民間実物投資の対GDP比率である。民間実物投資の中には、設備投資、在庫投資、住宅投資、耐久財消費が含まれる。民間の調達行動を示す指標は、総与信・GDP比率である。総与信・GDP比率は、バーゼルIIIで導入が予定されているカウンターシクリカル資本バッファーの水準を設定する際の重要な参照指標ともなっている(Drehmann et al. (2010)を参照)。

家計

家計の投資行動を示す指標は、家計投資の対可処分所得比率である。家計投資には、住宅投資と耐久財消費が含まれる。家計の調達行動を示す指標は、家計向け貸出の対GDP比率である。

企業

企業の投資行動を示す指標は、企業設備投資の対GDP比率である。企業の調達行動を示す指標は、企業向け与信の対GDP比率である。企業向け与信には、銀行借入に加えて、社債や企業間信用が含まれる。

不動産

不動産業の投資行動を表す指標は、実物投資の対GDP比率である。実物資産には、設備投資、土地投資、在庫投資が含まれる。不動産の調達行動を表す指標は、不動産業向け貸出の対GDP比率である。

資産価格

資産価格としては、株価と地価を採用している。株価についてはTOPIX、地価については地価の対GDP比率を用いている。地価は、市街地価格指数の六大都市・全用途である。

4. ヒートマップ

上記で選択された指標について、それらの動きを色で表したものが「ヒートマップ」(図表2)である。「ヒートマップ」では、実績値が上限の閾値を超えて上昇している場合に赤色を、実績値が下限の閾値を超えて下落している場合に青色を、それら以外の場合に緑色を使用している。データがない期間は白色としている。バブル期(1987~1990年)をみると、長さの長短はあるものの、いずれの指標も赤=過熱を示すシグナルを発していることが分かる。リーマンショック前の2000年代中ごろをみると、不動産の実物投資のみが過熱しているだけであり、わが国における金融不均衡の度合は、低かったことが分かる。最近時点の動きをみると、ほとんどの指標が緑色となっており、金融仲介活動の過熱を示唆する動きは観察されていない。

  • 1980年から2014年までのヒートマップの推移。詳細は本文のとおり。

いくつかの個別の指標の動きについて、やや詳しくみていこう。まず、資産価格である株価と地価をみると、いずれの指標もバブル期(以下の図表ではシャドーで表示されている期間)に長期に亘って閾値を超過していたことが確認できる(図表3、図表4)。最近時点の動きをみると、株価は過去のトレンドをやや上回っているが、閾値の範囲内で推移している。一方、地価は、ほぼトレンド近傍で推移している。

  • 株価の推移、地価の対GDP比率の推移。詳細は本文のとおり。

民間についてみると、民間実物投資の対GDP比率や総与信・GDP比率は、資産価格と同様、バブル期に数年間に亘って、実績値が閾値を超えていた(図表5、図表6)。最近時点での動きをみると、両指標の実績値は、ともにトレンドよりはやや高めであるが、閾値の範囲内で推移していることが確認できる。

  • 民間実物投資の対GDP比率の推移、総与信とGDP比率の推移。詳細は本文のとおり。

金融機関についてみると、貸出態度判断DIは、バブル期よりも早い時点で、実績値が閾値を上回っていたことが分かる(図表7)。その後、バブル期にも、引き続き過熱のシグナルが発生していた。金融機関の負債サイドの動きを表すM2成長率については、バブル期に長期に亘り、実績値が閾値を上回っていた(図表8)。

  • 貸出態度判断DIの推移、M2成長率の推移。詳細は本文のとおり。

最後に、留意点をいくつか述べる。第一に、選択された指標は過去の経験に基づき決定されている。このため、新たな金融活動や変化する金融仲介活動——例えば、海外との繋がりの強まり——を把握するうえでは限界がある。このため、ヒアリング情報なども活用しながら、金融システムのリスクを総合的に把握していく必要がある。第二に、金融不均衡を把握するうえでは、様々な相互作用に対する目配りをする必要がある。金融活動指標は、それぞれの主体の動きに着目している。もっとも、過去の金融危機の経験を踏まえると、金融と実体経済の相互作用や金融機関間の取引関係など様々な相互作用も把握・分析していく必要がある。そのために、早期警戒指標に加えて、相互作用を勘案したマクロ・ストレス・テストの活用などが重要である(日本銀行が行っているマクロ・ストレス・テストについては北村ほか(2014) を参照)。

参考文献

日本銀行から

本稿の内容と意見は筆者ら個人に属するものであり、日本銀行の公式見解を示すものではありません。