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【地域の底力】秋田県男鹿市
(広報誌「にちぎん」No.83 2025年秋号)

地域の底力
利他の精神に根差した官民の取り組みがあらたな風を吹かせる

秋田県男鹿市

恐ろしい形相の仮面を着けたなまはげが大みそかに家々を訪ね歩く神事で知られる男鹿市。
急速な人口減少による地域存続の危機感が人を動かし、まちには前向きな流れが生まれている。

取材・文 山内史子
写真 野瀬勝一

この記事の扉ページの画像。画像の内容の詳細は次のとおり

男鹿各地のなまはげ神事で実際に使われていた個性豊かな面。なまはげが鬼ではなく来訪神であることに改めて気付かされる。背景は田園風景の向こうに望む寒風山(かんぷうざん)。標高355メートルの頂上からはなまはげゆかりの秀峰真山(しんざん)や半島突端の入道崎(にゅうどうざき)をうかがうことができる。

人口減少の課題を抱える地域に続々と生まれる新事業

秋田県西部、日本海に突き出た男鹿半島のほぼ全域に男鹿市がある。地域の歴史は古く、市内には中世築とされる脇本城跡が残る。江戸期には北前船の日本海交易の拠点としても栄えた。

  • 男鹿市の位置を示す地図

  • 男鹿なまはげラインの車両の写真

    男鹿駅~秋田駅間を走る男鹿なまはげライン。車両は、なまはげ面をイメージした赤、青で彩られる。大容量蓄電池を搭載しているため、架線のないルートでも環境に負荷をかけずに運行できる。

主要産業は米を中心とした農業と水産業、そして観光業。男鹿半島は断崖や岩礁が多いダイナミックな景観で知られ、一帯は地球科学的に価値を持つ遺産として日本ジオパークに認定されている。そして、全国的な知名度が高いのは男鹿の象徴ともいえるなまはげだ。地区ごとに異なる、さまざまな面を着けたなまはげが家々を訪ね歩く大みそかの神事は、2018年に「仮面・仮装の神々」の一つとしてユネスコ無形文化遺産に登録された。信仰の山 真山(しんざん)のふもとにあるなまはげ館や隣接する男鹿真山伝承館では、観光客も手軽に神事を体験できる。

一方で人口減少率は、全国で最も高い秋田県の中でもトップクラス。ピーク時に6万人を数えた人口は、最近では約2万3000人にまで減少した。県庁職員から家業の経営、県議会議員を経て2017年から現職を務める市長の菅原広二氏は現状を話す。

「男鹿市は美しい自然の景観、おいしい水、大地や海の幸に恵まれています。よその人に、『男鹿っていいとこだべ』と語るほど住民の地元愛は深い。とはいえ、地域の高齢化や人口流出の流れは止まらず、まちの活気は次第に失われました。しかしここ数年、男鹿市にはいい風が吹いています」

  • 男鹿市長の菅原広二氏の写真

    「財源がない分、役所の職員が全力で動いてくれています。その結果、多くの企業が男鹿に関心を寄せ、新事業が始まっています」と、市長の菅原広二氏は最近の変化に期待を寄せる。

  • 総合訓練センター「風と海の学校 あきた」内部を撮影した写真

    洋上風力発電や海事産業における人材開発を目指す総合訓練センター「風と海の学校 あきた」は2024年5月に開所。
    (写真提供: 秋田オフショアトレーニングセンター株式会社)

2018年に男鹿市の中心地にも近い船川(ふながわ)港に複合観光施設道の駅おが・なまはげの里オガーレが完成し、同時にJR男鹿駅の新駅舎が開業。男鹿市の表玄関として、男鹿駅周辺エリアの整備が進んだ。

最近では、役割を終えた施設を再活用する形で、複数の新事業がスタートしている。旧船川南小学校の敷地を活用して、秋田県立男鹿海洋高等学校実習棟内に洋上風力発電の総合訓練センター「風と海の学校あきた」が開所したほか、市の温泉施設の跡地では地元水産業者が通信大手と共同で陸上養殖事業の準備を進めている。旧小学校跡地のパックライス工場も近く本稼働し、地元に雇用を生む。この背景には、市の積極的な企業誘致とサポート体制があると菅原市長は語る。

「男鹿市内のことは全て私たちに責任があるという意気込みで取り組んでいます。たとえ国や県の事業や施設であっても、人任せにはしません。市の財源は限られますが、国や県との橋渡し役から地域住民への対応まで、市役所の職員が全力を尽くしてきました。役所全体がプロジェクトチームであり、所属に関わらず全員が連携して市の営業を担おうと、職員には訴えています」

  • 2体のなまはげ立像の写真。一方は赤のなまはげで御幣を持ち、もう一方は青のなまはげで出刃包丁を持っている

    男鹿市の玄関口となる東端近くに立つ、高さ15メートルのなまはげ立像。ほか市内では、大小のなまはげ像が多数見られる。例年2月に真山神社で行われる「なまはげ柴灯(せど)まつり」は国内外から多くの観光客を集める。

  • 滝の頭湧水の遠景写真

    滝(たき)の頭(がしら)湧水は、男鹿半島・大潟ジオパークのジオサイトの一つ。男鹿市に豊かな水を供給する水源地で、1日約2.5万トンの地下水が湧く。

若い世代の受け皿を目指すあたらしい農業の形

地域存続の危機感は民間にもあり、各方面でまちの未来を思うチャレンジが見られる。男鹿メガファーム代表取締役の吉田洋平氏の取り組みもその一つだ。

  • 男鹿メガファームの吉田洋平氏の写真

    「人口が少ない秋田県では大消費地への出荷を想定した経営が適していると自分では思っています」と話す、男鹿メガファームの吉田洋平氏。

  • 夜間に赤色LEDの照明を当てて開花時期を調整する電照菊の様子を撮影した写真

    夜間に照明を当てて開花時期を調整する電照菊は、赤の波長が効果的。白熱電球より消費電力が小さい赤色LEDが主流になっている。
    (写真提供: 男鹿メガファーム)

吉田氏は、2014年に秋田県が立ち上げた支援事業で、若い世代の新規就農、米から園芸品目栽培への転換、農業のスマート化などを目指す男鹿潟上(かたがみ)地区園芸メガ団地の代表も務める。ほかの農業法人と大型機械を共同で利用し、現在約4ヘクタールの農地で約50種類の菊を栽培する。花きはメロンや和梨、ネギと並ぶ、男鹿の実りだ。

「菊栽培は父の代からで、私が就農したときは全てが手作業でした。体はきついし時間も要しますが、収入はそれに見合わない。県内全域にかけられたメガ団地構想の募集は、機械化など生産性向上への転換を考えていた自分の思いと一致していたため手を挙げました」

メガ団地がスタートして、苗を植える畝作りから定植、選花まで最新機器を導入。夜間、赤色LED照明を自動で農地に当てる開花調整も、約10年の試験期間を経て実用化した。2025年には選花場と出荷調整用の予冷施設をあらたに設け、パートタイム労働者を含めて約10人が働く。繁忙期には、隣接する大潟村にある秋田県立大学大潟キャンパスで農業を学ぶ学生にも手伝ってもらう。

「真夏に汗だくになりながらの仕事は、長く続けられるものではありません。働く環境をいかに整えるかが、これからの農業には必要です。学生たちには大規模化やスマート化を果たした現場で、より深く農業に興味を持ってもらいたいとの思いもあります」

吉田氏は2022年から、菊栽培に従事しながら男鹿市の市議会議員も務める。

「自分の同級生を含め、世代に関わりなく多くの若者が地元を離れていく現状を何とかしたいと思いました。最近は企業の進出などまちに進展が見られますが、地域に若者を呼ぶ施策は今後も進めていかなければなりません。農業も生産性を上げ、雇用の受け皿になれるよう、状況を変えていきたいですね」

畜産業の常識を変え品質向上させたスマート化

畜産業では黒毛和牛 秋田牛を飼育する大進農場が、スマート化により事業を拡大している。代表を務める父の進藤俊人氏が稲作部門を、自身は畜産部門を担うと語るのは専務理事の進藤俊之介氏だ。

  • 大進農場の進藤俊之介氏の写真

    「畜産のスマート化により、労働負荷が軽くなるメリットは大きいですが、それと同じくらい大切だと感じるのは、牛たちと接する時間を確保できることです」と、大進農場の進藤俊之介氏は語る。

  • 牛舎2棟の外観写真

    牛舎内で牛が餌を食べる様子を撮影した写真

    各200頭の牛を飼育する2棟の牛舎は、牛にとっても働く人にとっても快適なゆとりある造り。スマート化に加え、風が吹き抜ける構造により空気が自然に循環する。

進藤氏が家業に携わるようになった2012年当時は約50頭の牛を家族で飼育していた。2020年に農林水産省の畜産クラスター関連事業に採択され、牛舎二棟を新築して牛を400頭まで増やした。牛舎には監視カメラを設置し、給餌・給水、さらには消毒液のミスト噴霧を自動化。牛の首にかけた感知センサーで体調や行動の全てを個別に捕捉。カメラの映像とともに、牛舎内をスマートフォンやタブレットで確認できる。

「以前の給餌は全て手作業で、朝夕、各2時間半を費やしていました。その手間がなくなった分、頭数が増えても牛の状態をきちんと見て回れるようになり、結果的に病気の発生や事故率が低下しました。それに伴う労力も軽減しています。また牛の食事は回数を分けるのが理想なのですが、夜中でも自動で給餌ができるので、約30カ月要していた肥育が28カ月程度で済むようになりました」

牛舎は実にきれいに手入れがなされ、特有の匂いが感じられない。

「畜産業に対する既成概念を覆せれば若い世代が働いてくれるかもしれない、との思いがあったのですが、実際、研修生を含めて20代の女性が2名働いています。小学生の見学もあり、うちの牛舎を体験してもらえばクリーンな環境で就業するイメージが持ちやすくなると思います」

自社米を飼料とし、配合飼料には消化を助ける稲わらを混ぜ、牛のふんは堆肥に。こうした循環型農法は、祖父の時代からごく当たり前に受け継がれてきたという。

健やかに育まれた牛は、2024年に秋田牛の品質を競う県の共励会で最高位のチャンピオン賞に輝くなど、高い評価を得ている。中でも厳選した上質な肉は、商標登録した自社ブランド「和牛なまはげ」として販売。地元の飲食店や宿泊施設などで提供されているほか、最近はふるさと納税にも採用され、あらたな特産品として期待がかかる。

「より収益が上がる繁殖からの一貫飼育も、先々に向けて考えているところです。気軽に秋田牛を味わえる直営の飲食店を営む構想もあり、実現できれば牛の頭数を増やせる上、雇用の場も広がると思っています」

地域に熱気をもたらすロックのステージ

音楽業界に男鹿の名を広めた男鹿ナマハゲロックフェスティバル(男鹿フェス)も興味深い取り組みだ。例年7月に2日間にわたり開催され、今年は延べ約1万1000人を動員。その約4割を、県外からの来場者が占める。

地元で帽子製造の会社を経営するかたわら、イベントを先導してきた実行委員長の菅原圭位(よしみ)氏は、県内の会社勤務の後に渡米。そこで培われた音楽関係者との縁が、ロックフェスの開催につながったと話す。

  • 男鹿ナマハゲロックフェスティバル実行委員長の菅原圭位氏の写真

    「ともにイベントに関わることで、地元での個人的な交流はもちろん経済活動の連携も広がる。それは昔からある祭りの姿や力だと感じています」と話す、男鹿ナマハゲロックフェスティバル実行委員長の菅原圭位氏。

  • 野外ステージの前に多くの観客が集まる様子を撮影した写真

    イベントの際には、市役所職員もボランティアスタッフとして協力。なまはげと和太鼓を組み合わせた郷土芸能なまはげ太鼓もステージを盛り上げる。
    (写真提供: OGA NAMAHAGE ROCK FESTIVAL実行委員会)

帰国から数年を経た後、菅原氏は若手経営者の集まりでロックフェスの企画を提案。約30名の賛同者と共に実行委員会を立ち上げ、2007年には男鹿市民文化会館で小規模のライブを開催する。

「実行委員といっても皆、音楽業界やイベント企画には疎く、まずは小さく始めました。初回は赤字でしたが、約400人が来場したステージの熱気に、実行委員自身が感動して心に火が付いたんです」

その後も菅原氏を含むメンバーの持ち出しが続くなど、財政的には厳しい状況が続いたが、2010年に男鹿総合運動公園野球場で本格的な野外フェスを開催。翌年からは男鹿市・船川港内特設ステージに場所を移して現在に至る。

「男鹿フェスを始めた当初は、地元の関心は薄かったものの、二日間開催になった2014年以降、来場者による宿泊や飲食など経済効果が見えるようになり風向きが変わりました。孫がこのために帰省する、県外に散った仲間が毎年集まるという声も聞きます」

最近では認知度が高まり、大物ミュージシャンも男鹿を訪れる。学生も多い運営スタッフの中には、男鹿フェスへの思い入れが深く、運営に携わり続けたいと、地元での就職を選ぶ者も出てきた。

「市内の宿泊施設や飲食店の数が十分でないことや、運営スタッフの育成など課題はたくさんありますが、まずは毎年開催することが当たり前というイベントに育てていきたいですね。男鹿フェスの開催は目的ではなく、実際には手段なんです。より多くの人に男鹿に残ってほしい、あるいは地元に戻ってきてほしいという地域活性化が裏のテーマ。楽しい話題を提供できれば、何かが生まれるはずだと考えています」

  • 鵜ノ崎海岸の海面が空を映し出している様子を撮影した写真

    約200メートルの浅瀬が続く鵜(う)ノ崎海岸(さきかいがん)は、穏やかな天気の時に海面が鏡のように空を映し出すことから、秋田のウユニ塩湖とも呼ばれる。

  • 入道崎の遠景写真

    遠くに入道埼灯台を捉えた写真。手前には「NYUDOZAKI」と書かれた碑が見える

    男鹿半島最北端、北緯40度線上にある入道崎は日本の夕陽百選にも選ばれた景勝地。突端に立つ入道埼灯台(にゅうどうさきとうだい)は国内に16基ある「のぼれる灯台」の一つ。

まちの景色を塗り替える移住者による起業の数々

県外からの移住者ながら、男鹿で広く新規事業を展開する、稲とアガベ社長の岡住修兵氏の活動も耳目を集める。福岡県出身の岡住氏は、学生時代に魅了された日本酒を醸す秋田県内の酒蔵で研さんを積み、その後、縁あって2021年に男鹿でクラフトサケ(日本酒の製造技術をベースに副原料を加えて一緒に発酵させた酒)の醸造所を設立した。ショップを併設したレストラン、酒かすを活用する食品加工場及び併設雑貨店、有名ラーメンチェーンと連携したラーメン店、2軒の宿泊施設など、3年半で8件の事業を立ち上げた岡住氏は、男鹿についてこう語る。

「外から来て何かを見いだした僕たちを、行政を含めた地元の人たちは足を引っ張ることなく受け入れてくれた。危機感、あるいは一帯の気質なのかもしれませんが、それがこのまちの良さだと思っています」

  • 稲とアガベの岡住修兵氏の写真

    「以前とは変わり、東京よりも地方の方が面白いことが起きている。今は過渡期かもしれませんが、5年後、10年後には、その流れが当たり前になるような気がしています」と、稲とアガベの岡住修兵氏は未来を語る。

  • 稲とアガベ社屋の外観写真

    酒瓶に入ったクラフトサケの写真

    上/クラフトサケの醸造所を含む社屋は、旧男鹿駅の駅舎を再活用。
    下/社名のアガベは、テキーラの原料。このほかホップやブドウなど、多様な副原料がクラフトサケの個性になる。ショップでは、各種試飲も可能。

現在、従業員は若手の移住者を含めた約30名で、パートやアルバイトも増えている。酒の原料である無農薬・無肥料の自然栽培米は、自社田での栽培に加え、地元の農家にも頼る。事業展開は多角的であっても要が酒造りなのは変わりなく、現在、日本酒の醸造免許を新規取得できる特区の提案を市役所と連携して進めている。そこには起業家としての大きなビジョンがある。

「ビールやワインとは異なり、現行法では日本酒の醸造をあらたに手掛けるのは難しく、ゆえにクラフトサケが生まれました。男鹿市が特区に認定されれば、日本酒造りの夢を持つ若い世代が集まるでしょうし、僕は酒造りのノウハウや資金面でのサポートができる。新興の酒蔵が集まるまちなんて世界中どこにもありませんし、あらたに生み出された日本酒がまちの文化になる未来を想像しています」

大手企業からの出向や連携など、岡住氏のビジネスはさらなる展望が見込まれる。

「男鹿のように人口減少が続く地域での起業は難しいものの、不可能ではありません。チャレンジは楽しく、若手の移住者など多様な人たちが集まってくるのも、そこにワクワク感があるからだと思っています。起業当初から見据えていたことですが、僕たちの取り組みを礎に、次のチャレンジが生まれているのがうれしいですね。人口減少に苦しんできた男鹿の人にとっては、生まれた頃よりもまちに店が増えている。あらたな時代の価値軸がここで生まれるのではないかと、僕自身が誰よりもワクワクしています」

  • ホテルかぜまちみなとの外観写真

    船川港の旧港湾労働者宿舎をリノベーションしたホテルかぜまちみなと。駅前再開発の一環で稲とアガベが手掛ける。

  • 夕日を背にゴジラ岩を撮影した写真

    3000年前の火山活動と風雨の侵食により形造られた、潮瀬崎(しおせざき)の「ゴジラ岩」は夕日の絶景スポットとして人気。

なまはげの神事の継承のためにその精神をも語り継ぐ

稲とアガベだけでなく、まちには新規店舗が少しずつ増え、市が誘致や支援に尽力したことにより新規開業の宿泊施設も複数誕生している。

移住が見込まれる子育て世代への施策においては、市は各種補助金を整え、船越こども園を新設。250名を収容し、保育と教育の双方の役割を担う。まちの様相は確実に変わりつつあると、菅原市長は話す。

一方で観光の彩りとして至る所で姿が見られるなまはげは、少子化や後継者不足などにより神事の継承が懸念されている。そんな中、今回の取材で出会った方々は、小さい頃のなまはげの思い出を語り、男鹿特有の神事を誇りに思い、伝統を守るためにそれぞれの地区で積極的に行事に関わる。

市では職員や小中学生に向け、働き方・生き方の指南となるなまはげの里フィロソフィを打ち出した。職員には利他の精神、子どもたちには誰かのためにという文言が強調されている。

「世間一般には恐ろしい鬼だと思われているようですが、なまはげは、人々の怠け心を戒めつつも、訪れた家に無病息災と五穀豊穣をもたらす来訪神です。私たちの暮らしや実りを見守りながら、道徳に反することは正してくれる存在。すなわち、利他の精神を持っています。世界中で利己主義がまん延する今こそ、幼い頃になまはげに教えられた人としての正しい生き方を語る必要があると思っています」

そう話す菅原市長は、地域の素晴らしさをより強く住民にPRしていかなければならないという。さらには、男鹿をいったん離れた人たちにも呼びかける。

「首都圏の男鹿出身者の集まりでは最近、こう話しています。『昔はなかった就職の場が今の男鹿にはあると、お子さんやお孫さんに伝えてほしい。できればあなた方も故郷に戻り、生涯現役として頑張ってほしい』」

利他の精神を育み、危機感をもって行動し始めた男鹿の人々。その行動が共感を呼び、まちに吹く向かい風に立ち向かう。この地にあらたな風を吹かせる次世代が、来訪神となることを期待したい。

  • なまはげ館で行われている面作りの実演の様子を撮影した写真

    多くの人が思い浮かべるなまはげ面は2代目石川千秋(せんしゅう)氏の作品が礎となっている。木の素材感を生むあらたな技法を生み出した石川氏のもとで、現在は若い世代の2名の弟子が修業中。なまはげ館でその面作りの実演が見られる。

  • 寒風山から撮影した景観写真。右奥側に海岸、左手前側には住居や農地などが見える

    地理学者の志賀重昂(しげたか)が絶賛した寒風山からの景観。グランドキャニオンやフィヨルドと並ぶ世界三景とされる。